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□きみはきみだよ
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また…


場に不似合いなドライバーやボンドやらを片手になにか をいじっている男の後ろ姿を目の前にして彼女は溜息をついた。
時間はまだ真昼、勤務中。
しかもここは天下の警察庁なのだ。
いつ事件が起こるかもわからない。
だのに自分を先導すべき立場の男はいそいそとなにやら『フィギュア』というものを造っている。
これが給料泥棒でなくてなんなのだ。
始末書はどうした、始末書は。


―もうあの日本中を恐怖に陥れた 事件から5年は経つ。
5年だ。5年も過ぎたのに。
だのにこの人ときたら―


彼女―等々力志津香はもう見慣れてしまった光景に今日という今日は言わなければ、と意を決して彼を呼んだ。


「先輩」

ガチャガチャ

「…先輩」

ガシャンガシャン

「…石垣先輩!!」

「おわぁ!?」
素頓狂な声をあげて石垣と呼ばれた男が彼女を振り向いた。

「また何やってんですか!!今勤務中ですよ!」

「まあまあ。今いいとこなんだから。あともう少し!
えーと、ここをこーして…」
「ちょっと!人の話は最後まで聞きなさいよ!」

「あっ」

等々力は石垣の手から製作中の物を取り上げた。

「ちょ、壊すなよ!」

私の話よりオモチャの心配!?

呆れつつ等々力は石垣を睨んだ。

「全く…相変わらずこんなオモチャばっかり…
今日という今日は言わせてもらいますからね!
先輩と組んでもう5年、5年ですよ!
5年で何か変わりました!?先輩は相変わらずドジ踏むし仕事はサボるし。
これじゃ先輩と後輩があべこべじゃないですか!」

一気にまくし立てると慌てていた石垣の顔が真顔になった。
話を聞いてくれる気になったらしい。
ここぞとばかりに等々力は不満をぶちまけた。

「5年も経てば何か変わるかなと思ってましたけど!
何も変わらないじゃないですか!
ぜんっぜん成長してない!
このままじゃ…先輩に申し訳ないじゃないですか!

…あの探偵と助手は、桂木さんはあんなに、あんなに変わったのに―」

怒りに任せてぶちまけたせいか息があがる。
まだ色々言いたいけれど続かない。
肩を上下させながら石垣を睨むと、何故か戸惑った表情を返された。

「新入り…泣くなよ」

「…え?」

慌てて自分の頬を触ると冷たいものが手のひらに落ちてきた。

―涙が流れてる。

気付くと、どんどん涙が溢れて来た。

「…っっ し、しかも…明日はせっ、先輩、の命日
でしょ…なのに…なにやってるんですか…もう…」


涙が止まらない。
泣くつもりなんかなかったのに。
こいつの前でウジウジしたくないのに。
先輩に近付きたいのに。
先輩になりたいのに―

何も変われてない自分が悔しい―


等々力は下を向いて止まらない涙に唇を噛んだ。

しばらくそのまま二人は立尽くしていた。
気まずい沈黙。


5分らい経っただろうか。
ようやく泣きやんだ頃、
「…新入り…」

真剣な声が静寂を破った。
顔をあげると石垣が手を差し出している。

「…?」
「フィギュア、返して」





「…………」
「?」


「あんた人の話聞いてたのかああああ!!!!
こっ、こんなもの、こんなもの…!!」

等々力はスタスタと踵を返し、機械の手前で止まり、一気にフィギュアを機械の割れ目に突っ込んだ。


ゴガガガガ


「ギャーー!!」
石垣が悲鳴をあげてシュレッダーに飛び付き、フィギュアの頭を掴んで無理矢理引っ張りはじめた。

その姿に更に腹が立ってくる。

「こんなもんいらないでしょー!?ゴミよ、ゴミ!!チリとなってしまえ!!」

フィギュアを掴んでいる石垣の手を下に押し付ける。


ガッガガガゴッギュイイイガガガガ


「ギャアアア!俺の手が削れる!!
やめて!先輩をシュレッダーにかけるのはやめたげて!!
せ、せんぱいぃぃ!!」

「ハァ!?何言ってんのよあんたは!先輩先輩て!
…え?」

等々力はシュレッダーにさらに深く突っ込んだフィギュアを見やった。
フィギュアは足を吸い込まれ、刃が上半身に到達しようとしている。
その顔をよく見ると―


…何かと似ている…

グレーのスーツ、グレーのネクタイ。
小首を傾げたテンションの低そうな顔。
目の下のクマ。

………ん?


「ギャアアアアアアアア
殺人じけんーー!!先輩死んじゃいけーん!!」

「……!!!!
ちょっなにしてんのよ、早く救出しなさいよ!!と、止めて止めて!
キャーーー!!先輩!!」










笹塚先輩は胴体まで吸い込まれたところで無事救出された。
いや、正しくは笹塚の姿をしたフィギュアが、だが。
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