*ガンダム00*

□光へと飛ぶ蝶は【作成中】
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「おはよう、なあ、ここは…どこだ?」


車の窓を開けて男が放った一言は意外なものだった。
聞けば道に迷ってここに辿り付き、路肩に車を止めて寝てしまったのだという。


「暗くなっていよいよ方向が分からなくなって、めんどくさくなって寝ちまった。…まるで迷路だな、ここは」

狭い車の中で、大きな体をうんと伸ばしてあくびをひとつする彼。

「ここは色街ですよ…あなた、変わった人ですね」

クスクスと笑ってしまうのは、大人っぽくて低めの綺麗な声なのに、言ってることが何だか子供っぽくて可笑しいから。


「色街…ああ、なるほど。だからこんなに入り組んでいるのか」


人に言えないようなものを買う場所、例えば人の体を…それも男が男の体を買う場所は、もちろん大通りに面して作られることが許されるはずもなく。
迷路の様な細道を潜り抜けてひっそりと佇む通りは、それこそ目的を果たしに来る人しか入ることの無いような仕組みになっている。

こんなとこまで入ってきてしまうなんて、どれだけ方向音痴なんだ、と思った。

「こんな場所、早く出た方がいいですよ。それとも折角だから…買って行きますか?お兄さん」

少し落とした声に色を含ませてそっと囁いてみた。
恐らく男なんて買ったこともないだろうこの男が、どんな反応を示すのか少しだけ興味があったから。


「…いや、やめておくよ、ありがとう。」

少しも考えることなく発せられたその言葉に、少し落胆すると同時に少し嬉しくなった。

ああこの人はやっぱり、きれいなんだなって。

「お嬢さんも早く帰ったほうがいい。なんだか少し疲れた顔してるぞ」


そっと頬に触れてきた大きな手に思わずひくんと感じてしまう。
けれどその触れ方に性的な意味合いは一欠片も見つけ出すことは出来ない。
只労わるだけの子供みたいなそれが、何故だか酷く新鮮でどきんとする。


(こんな触れ合いは、久しぶりだ)


頭を撫でる手は夜の始まりの合図
頬に触れる手はキスの合図

もうずっとずっと、そんな触れ合いしかしたことがなかったから。


「…帰ります、ありがとう。もう、迷ってはいけませんよ」


この人はこんなところにいてはいけないと思った。
どこの誰かは知らないけれど、きっと帰る場所があって、恋人がいて、光の中で生きている人だろうから。


こんな汚れたところにいては、いけない。


「……それと…僕はお嬢さんではなくティエリアです。」


もう会うことも無いだろうその男に、何故名乗ったのかは自分でも不思議だった。
もしかしたら、こんな世界を知らなかった綺麗な人に、僕の存在を知っておいて貰いたかったのかもしれない。

そうすることで少しでも「光」に触れた気になるなんて…傲慢だって分かっているけれど。


「ティエリア、良い名前だな…ついでに俺も、お兄さんじゃなくてロックオンだ」


「ロック…オン…」


なんだか呪文みたいなその名前を舌の上で転がして微笑んだ。
頬を撫でてくれた温かい手を思い出しながら、この名前は忘れないでおこうと小さく誓う。

大通りへの道を細かく説明して車を見送るまで、寒さを忘れて立ち尽くしていた。
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