*涼宮ハルヒ*

□寝顔に黙ってキスをする
2ページ/6ページ

涼宮ハルヒの願望を満たすべく、重い腰を上げて部室を後にする。

1階の靴箱にはこれから部活に行く生徒達が数名いる。こんなに暑いのにそれでも楽しそうに駆け出すその姿に、感心すら覚えて思わず目で追った。


(こんなに暑いのに…元気だなあ…)


「古泉!」

ぼうっとしていたら、遠くから名前を呼ばれてどきんと胸が鳴った。
けれどもどうにか平然を装って振り返る。

「おや、キョン君じゃないですか」

もしかして付いて来てくれるのかな、なんて。少しだけ期待してしまうけれど、その口から出る回答なんて分かりきっている。


「ハルヒが、付いて行けって言うからよ」


分かりきっているはずなのに、それでも期待してしまう自分には学習能力があるのか非常に疑わしくなってくる。

付いて来たかったんじゃないのかな?とか、そんな有り得もしないことを考えては脳内で否定する。
そんなことの繰り返しを、もう随分重ねてきたはずなのに。


このクソ暑いのになんで俺が…などと愚痴を言い始めた横顔を見て、ああやはりと思う。
暑さも相まって、思わず口にしてしまった言葉を責める権利は誰にもないだろう。


「ああ、涼宮さんに、ね…」

それは仕方ないですよね、なんて笑ってみたりして。嫉妬丸出しで抑揚も無く発してしまったその言葉にはっとしてキョン君のほうをみるけれど、本人はまったく気付いてはいないようだ。


「ほんと、早く行こーぜ」


まだまだ太陽は沈む気配を見せず、日の入りを待つことも望めそうに無いから。

これはもう、早く行って早く帰るのが得策だと踏んだのだろう。いつもだらんとしている彼が、素早く上履きを履いて玄関へと向かう。


「そうですね、行きましょうか」


例え涼宮さんの命令とはいえ、キョン君が僕に付いて来てくれるのは少し(本当は、結構)嬉しいから、心なしか声も少し弾んでしまう。
キョン君の後を追うように、少し早足で学校を後にした。


「今年は雨が少ないな…」

大きな坂道を歩きながら、文字通りに真っ赤な太陽を仰ぎ見てキョン君がぽつり呟いた。

「…雨、お好きですか?」

「雨でムシムシすんのは嫌いだ、暑いし」

そう言って気だるそうに目を細めるキョンくん。


本当はそんなに嫌いじゃないこと、知っている。
雨の匂いも、太陽の温かさも。

雨の匂いに微笑んだり、晴れの日に少し嬉しそうに伸びをして大きく息を吸い込んだりすること。


(知ってるんだけどなぁ)


だって、いつも目で追っているから。いつの頃からか、ずっと。

初めは涼宮ハルヒの監視のつもりだった。けれど、見ているうちに惹かれていった。

自分でも何をやっているんだと思う。涼宮ハルヒにとってキョンくんは必要不可欠な存在であり、逆も然り。
それは初めから分かりきっていたことなのに。


自分はこんなにも感情のコントロールが効かない人間だったのかと項垂れる。
けれど、効かないものは効かないのだ。

しかも彼に関すること限定で。


諦めようとしても諦められない……けれど、勝算はゼロ。

それならいっそ、と思って行動を起こしてしまった自分を、古泉は悔やみ続けていた。


「ねえ、キョン君…今日も部活が終わったら……残っていてくださいね」


けれどもう、後には引けない。そっと彼の指先に触れる。
すると大げさなくらいにびくんと反応する細い体。


「そんなに怯えないでください」

ひどいなあ、なんて。そう仕向けたのは紛れも無く自分なのに。
ずき、と痛んだ胸を誤魔化すように微笑んだ。


いつからか得意になったポーカーフェイスは、最近特に良く効果を発揮してくれる。
誰にも知られてはいけない恋は、どうやら人を強くするらしい。


「古泉…おれは…っ」

何かを言いたそうにするキョン君に、けれどもその機会を与えることなんてしない。


「おや、涼宮さんにバレてしまっても構わないのですか?」


ああ、なんて卑怯でずるい誘い方。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ