*涼宮ハルヒ*

□寝顔に黙ってキスをする
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僕はもしかして、ひどい勘違いをしていたのかもしれない。
隣で規則正しい寝息を立てる彼を見ながら、どうしようもない気持ちでいっぱいになる。


彼が起きたら、その時は…


僕は、許されるだろうか。





*寝顔に黙ってキスをする*






「キョン!暑い!!ジュース買って来なさいよ!これは命令よっ!」


うだるような暑さの中、今日も涼宮ハルヒのパワーは健在のようだ。
右手に持ったうちわを忙しなく動かしながら、部室の机に胡坐をかいて座っている彼女を横目で見る。
もちろん笑顔は崩さない。

6月というのに雨も降らず、ただ燦々と降り注ぐ太陽が目に痛い。
色素の薄い瞳を細めて古泉一樹は小さく溜め息を吐いた。

その横で机にだらんとへばり付きながら、それとは比べ物にならないほど大きな溜め息を吐くのは、恐らくはこの世界の鍵となるべく存在。


「ああもう、うるさいぞ〜ただでさえ暑いのに、お前の熱気でさらに暑くなりそうだ」


「何よ、だいたいね、そんなだっら〜っとしてるから余計暑いのよ!シャキっとしなさいキョン!」


キョン、という不可思議なあだ名で呼ばれたその男は、さらにだるそうにまた大きくて長い溜め息を吐いた。



「ああ、うるさい…頼むからこの部屋の温度上昇並びに地球の温暖化防止の為と思って少し静かにしてくれ」


無駄な二酸化炭素を吐きすぎだ、もっと規則正しく呼吸をして落ち着けと。

そのやる気のなさが涼宮ハルヒの逆鱗に触れるのだと知ってか知らずか、どこまでもやる気のないその声に思わず苦笑する。


「なんですってぇ〜!!」


案の定さらに声を張り上げた涼宮さんに、僕はにこりと微笑んで口を開く。
これ以上の言い争いは本当に、暑さを助長するだけだと思ったから。


「アイスでも、買ってきましょうか?」


頬にはりつく前髪をかきあげながら、おそらく彼女が望んでいるであろう事柄の一つを提案してみる。
途端、ぱあっと花が開いたみたいに嬉しそうな彼女の顔が見えて、こちらまでつられて笑顔になる。

彼女の凄いところは、こういうところ。ギスギスした空気も元気の無い部員たちもいつの間にか巻き込んで皆を笑顔にする。


そういうところにきっと、彼は惹かれたんだろうな、なんて。

自分で考えてちくりと痛む胸を押さえて苦笑した。

(自分で言って、自分で落ち込むなんて…馬鹿げている、本当に)


思わず舌打ちをしそうになってぐっと堪える。ここで古泉一樹の人格を崩すことは得策ではない。


「よく言ったわ古泉くん!それでこそ副団長よっ!!」


「お褒めに預かり光栄です」


副団長の存在意義がこんな場面くらいでしか発揮されることのないこの部活は、やはり本来の機能を果たしてはいないのだろう。

いや、果たさない、というのは語弊がある。
正確には「果たしていないように見える」だ。
実際には十二分にも発揮されているこの部活の真意を、涼宮ハルヒ本人が知る由も無い。

アイスと聞いて同じようにぱあっと笑う未来人と、意に介さない宇宙人の隣で、やはりその存在にまったく気付いていない彼女。
彼女の望んでいるものは、ここに(さらに言えばこの部屋の中に)全て存在していると言うのに。


「では、行ってきますね」

しかし僕は、彼女にはもうずっとこのまま何も気付かないで生活して欲しいと願っている。

宇宙人も、未来人も。



彼がいつも貴方に向ける、熱い視線にも。
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