*宝物*

□四季咲glorious
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花は嫌いだ。

果てには朽ちる身ならば、黎明から鐘を鳴らすなど無慈悲な仕打ち。

僕の詭弁に、聡い彼は抱擁という名の罪滅ぼしをくれた。



四季咲glorious


丁度2、3日程前のことだったか。彼が脈絡無しに「植物園に行こう」と云い出したのは。

個人の意思を端的に述べる「行きたい」でなくあくまで勧誘である「行こう」が用いられている。他人の為に憂う彼らしい、僅かな軽さと惜愛を添えて。

本当に、捕らえ所のない人。やっと掴まえられたのに、何時か呆気なくするりと抜け出てしまうのだろう。

彼のお誘いに、「地上に下りるなど」と眉を顰めて色濃く嫌悪を示す。すると彼は「お前とじゃないとさ」と実ににこやかに云った。

僕が本能的に地上を忌避しているのを彼は十二分に知っている筈だ。それでも僕をわざわざ連れて行くと云うのだから、何か訳があるに相違ない。

「……いいでしょう」

「お、乗ってくれるのか」

独りでに零れた自嘲の笑み。僕が貴方の頼みを断れないことぐらい既知の事実でしょう?

―――――――――――――

植物園までの道程は、それはそれは惨憺なものだった。

彼は僕の事を気遣い、出来るだけ人通りの少ない路地を選んではくれていたが、僕にとっては何の救済にもならなかった。不慣れな重力の負荷等、数々の艱難に耐え、歩き出してすぐに疲労した脚に鞭打ち、皮膚が粟立つ違和感も我慢した。

塗炭の苦しみとはこういうものを云うのだろう。マイスターが植物園に行く必要はあるのか、などと形式張ったことを考える余裕はなく、全く生きた空もなかった。そもそも植物園とはそれほどに賛美すべき存在なのか?

息絶え絶えで歩く僕に、見るに忍びなかったのか、ロックオンは声を掛けてきた。

「おんぶしてやろうか」

「いりません」

敵MSの砲撃よりも早く反応できた気がする。我ながらガンダムマイスターに相応しくない才知だ。
 
数十分歩いて辿り着いたそこは、他空間から隔離されたような印象を受けた。硝子越しに覗く草木と可憐かつ雄々しい姿の花々が、僕に人間の造り出した事象の奇智さを容赦無く突き付けた。

あれほど敬遠していた人間の創造物にこれほどの詩情を感じるなんて、僕はどうしてしまったのだろうか。

「気に入ったか?ティエリア」

「……まだ中に入るまでは判断しかねます」

文頭に「まだ」と付けてしまった自分に軽く舌打ちした。




室内は湿気と独特な青臭さで思わずたじろいだ。過度に水分を含んだ空気が重い。ロックオンは受付で会計を済ませると、歩みを止めた僕に薄い紙切れをスッと差し出した。それを乱暴に彼の手から抜き取ると、自らを叱り付けるように先陣を切った。

「この間偶然見つけてな。良い所だろ?」

異国の花々が自己に陶酔するかの如く咲き乱れ、高木は窮屈そうではあるがその存在を他に見せつけている。植物とは本来脇役に徹するものだとばかり思っていたが、そうと決め付けるのはどうやら早計だったようだ。

「……この花」

「ん?ああ、それはエーデルワイスだな。セイヨウウスユキソウとも言って、アルプスの名花で有名だ」

「ヨーロッパ……」

エーデルワイスはアイルランドにも咲くのだろうか。
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