企画べや!

□しん風しん
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「しんのすけ」

「ほいほい?」

「…欲しいものとか…あるのか。お前」

「あるぞ」

「じゃ、早く言えよ。今日は…誕生日だろ」

「…恥ずかしいからこっそり言う。耳かして」

覗いた赤い舌は夢のように艶めいていて、また僕の心臓をざわめかせてしまうことも知らず、しんのすけは目を細めて小さく笑った。

なのに耳を舐められるような感触に背筋が、ぞわっと凍ったのとしんのすけを殴ったのは多分、同時だった気がする。

「2度と僕の耳を噛んだり舐めたりするな」

「かるいジョークなのに…、それに別に欲しいものなんてないぞ」

僕は手にしていたアイスが自分の熱で溶けたのか、分からなかった。

風間は視線をしんのすけの瞳に合わせたまま「なにかあるだろ」と尋ねるけれど「何もないぞ」としか彼は答えなかった


「どうしてだよ」

「どうしてって…風間君こそ、どして?」

「僕は…ただ、しんのすけの!…お前の誕生日を祝ってやりたいだけで」

「うん。俺、風間君とこうして一緒にいる時間だけで十分だぞ」

「なんだよ。僕のプレゼントは…受け取れないって言うのか」

「そんなこと言ってないでしょ。形あるものだけが贈りものじゃないんだぞ?」

昔ほど、あまり感情を乱すようなことはなかったのに、しんのすけの一言ってはどれほどに影響力があるんだろうか。

ただ喜んで欲しくて、でも何をプレゼントしてやればいいのか分らなくて。そうやって自分の理解できないことが増えていくのが怖かったのだ。

(ネネちゃん達なら、しんのすけの欲しいものくらい分かるんだろう)

だけど僕には分からない。それくらいに僕たちの距離と時間は離れてしまっていたのだ。

そんなことすら辛くて悲しいのだと、長い沈黙が続いたと思ったらしんのすけは砂浜に何かを書きはじめている。


「…何してるんだよ」

「風間君の好きなとこ書いてるだけだぞ。ほら、マザコンとか」

「それ悪口だろ、お前。いい加減に」

「風間君も俺の好きなとこ、ここに書いて。それが今、俺の欲しいもの」

「何…言って」

「欲しいものじゃないね。して欲しい事だぞ…ほら今なら書き放題だぞ風間君」

砂浜に男ふたり。しかも寄り添って何かを書いているんだ。他人からみれば友人の距離ではないかもしれない。

だが誰もいない海は僕達のことを気にしていないみたいだ。まるで世界にふたりだけ。そうなら良かったのに。

「…お前は馬鹿で女の人が好きで、だらしなくて、ルーズで」

「おお、風間君ってば俺、照れちゃうぞ」

「褒めてないからな。…だけど、お前といると僕は幸せになれる」

「…風間君?」

「だから、お前も僕と同じ気持ちだったら…嬉しいと思った、んだ」


好きだ。なんて言葉にするのは、まだ恥ずかしくて砂浜に書いたけれど。好きだって書くことすら自分にとっては難題だ

文字が言葉のように震えているのが少しおかしくて、でも涙がでそうなくらい幸福な気持ちが押し寄せてくる。

(でも、やっぱり何を贈ってやればいいのか分らないから。今は僕の全部をお前にやるよ。これくらいしか僕にはないから)

僕達は互いの目をじっと覗き込んでから、どちらからともなくキスをした。どうか世界で一番、今日と言う日が幸せでありますように。


「誕生日、おめでとう…しんのすけ」


end.
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