短編[BL]
□拍手文SS
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クレしん/しん+あい
幸せはいつだって期待と欺瞞で満ちている。でも、あいは何もないよりはマシだと思いますのよ。ねぇ、しん様。
「あいちゃんって俺が好きなの?」
「好きですわ」
「俺も、あいちゃんのことは好きだぞ。でも恋にはならない」
顔色ひとつ変えず肩と肩が思いきり触れる距離に座っているのに、しん様は何事もなかったようにソレを口にした。
自嘲的な笑いに呼応するように、喫茶店の軽快なメロディは厭に胸を震わせる。
「しん様に、はじめて恋人が出来た時のことは覚えていますわ」
「あいちゃん」
「…しん様の隣に並ぶ女性はみんな綺麗に見えましたのよ」
「そんなことないぞ」
「いいえ。そう思った時点で、あいの恋は不毛だと…あいが諦められていれば」
「…うん」
「ここまで惨めなことにはならなかったのかもしれませんわね」
いつも通っているお気に入りの洒落た喫茶店が今は、天国にも地獄にも思える。
好きな人と好きな場所にいるのに、溢れてくる言葉は後悔にも似た苦しい感情ばかりだ。
「あいちゃん、俺が好きなことは止められないの」
「しん様が嫌いな、あいなんてあいじゃないですわ」
(一途だからこそ、あいなんですわよ。あいだからこそ、しん様を永遠、好きでいられますのよ。それがどんなに悲しくたって。何もないよりマシですわ)
「よく見てよ。俺のなにがいいの?普通の男だぞ」
「しん様はいつだって魅力的ですわ」
「…あいちゃんには適いませんなぁ」
「ふふ、しん様。ずっと好きでいてもいいですか?」
少しだけ乱暴に目許を拭って、しん様を見上げると困ったような、けれど好きになった頃となにも変わらない笑顔に、野原しんのすけという人を、また慈しむことができた。
end.