短編[BL]

□拍手文SS
16ページ/26ページ

<ボー→しん>



幸福論


幸せになってほしかった。そうするのが、ボクじゃなくても。

「ボーちゃん、俺すごく幸せなんだぞ、本当に」

だから、電話越しに君が笑うのをボクは黙って聞けることができた。

ボクはしんちゃんが好きだったけれど捕まって欲しくもなかった。

「しんちゃん、幸せに…なって、ボクずっと」

ずっと?何だ、ボクはずっとこれから先、何を想っていくのだろうか。

「しんちゃ…ん?」

ガタン、ガタンと、電車が規則的に揺れていた。

乗客は1人。気付けばボクは目的地も分からないその中にいた。

「…此処は、」

夕日が眩し過ぎて外の景色も今が何時ごろなのかも分からない。

ガタンガタン、規則的なそれは何処か漂う波のように穏やかだった。


「降りない、の」

呼び声にふと意識を取り戻し、ここが電車であったことを思い出した。

ボクの目の前に誰かいる。けれど逆光で、その顔はよく分からない。

「…このまま…だと、後戻りが…できなくなる」

「後戻り?」

顔も分らない声の主にボクは苛立ったような返事を繰り返す。

今更、もう遅い。しんちゃんはボクではない誰かと幸せになったのだ。


「幸せになってほしいと、そう…願ったのは…君だった、のに?」

「…それは、」

「降り方が分からない…なら…考えると…いい」

ガタン、大きく揺れた電車は静かに止り男はボクをじっとみた。

交わる視線。ボクの真正面に立つ、その男の顔はボクそのものだった。

(ああ、なんだ、これは…ボクだ。ずっと、しんちゃんを好きでいた)

あの頃の、ボク自身



「…ちゃ、ボーちゃん!ボーちゃんってば」

「し、んちゃ」


ハッと、して意識を戻す。ああ、そうか、電話の最中だった。

途切れた記憶を拭うようにボクは携帯を握り締めグッと息を飲む。


「もぉ、さっきから何度も呼んでるんだぞ」

「ご、めんね」

「謝らなくてもいいぞ、それより、ボーちゃん何て言おうとしたの」

「…え?」

「ほら、ボクずっと…ってボーちゃん言ったまま止ったでしょ?」

電話越し、微笑むキミを想像してボクは一瞬、苦笑いを浮かべた。

キミに幸せになってほしかった。そうするのが、ボクじゃなくても。


「ボク…ずっと…しんちゃんが…好き、だった」

「ボーちゃん?」


ガタンガタン

降りた筈の電車は、まだボクの中で今も走っているのだろうか。

片想いを乗せたボクと失恋したボクと、それから幸せを願うボク。


「幸せになって、しんちゃん、誰よりもずっと」

「ボー、ちゃん?」

「ボクが、しんちゃんを幸せにしてあげたかったなんて思わないほど」

考えないほど、連れ去ってしまわないように、ずっと、ずっと。

「しんちゃん、だけは…誰よりも幸せになって」



嘘なんて一つもないんだ、とボクはあの電車を思い出していた。



end.
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ