ちびまる子/他短編
□瀬々+皆見
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「お、手嶋野の出番だ」
「はー…すげーな」
前半戦チームがジャンプボールでボールをタップした瞬間、手嶋野が先行切って走り出す。その鮮やかな動きに女子の歓声が強くなり耳の奥がキーンっとした。
4組がんばれーとか、ホント平和なことだーってね。
けれどそんなことよりも皆見の視線が手嶋野を追っていることの方が余程、苛立たせてくれるけどさ。
「…つーか、皆見。手嶋野ってユージン王子サマに似てね?」
「そうか?」
「なんつーか髪型とか。真似してんのかな」
「真似する意味がない」
俺の問いに皆見は、うははと笑う。今、笑うところか?と思ったが、こいつの顔は既にデフォルトだもんな。
目元を覆っていた手をどけ、するりと皆見の右手に絡ませた。
最初はびっくりした表情で俺と繋いだ手を交互に見比べていたが状況の把握よりも俺の行動を楽しむように口の端をあげている。
…だから、そこ笑うとこなのか皆見。
「野郎に手、繋がれて驚かねーの」
「いや驚いてるよ」
「なーんかな、俺のがドキドキしてるみたいじゃん」
「へぇ、瀬々でもドキドキするんだ」
「…まァ、人並にさ」
無抵抗の右手を何度かギュウギュウと握り返していると、何故か胸が締め付けられた。
目の前ではバスケットボールが跳ねる音が体育館に響いて、今度はモトがオーバーヘッドパスを決める。
俺らのクラス圧勝じゃん?とか頭のどっかで考えながらも皆見と手を離すことはしなかった。
「瀬々ってモテるよな。彼女作んないの」
「あー…今、聞くとかアリなわけ?」
「あ、悪ィ。駄目だった?」
「いや。まー…残念な事にいないな」
「そっか。意外だな」
真っすぐに俺を見つめる皆見はきっとその眼球で俺の全てをいつか暴いてしまうのだろう。それが善でも悪でも容赦なく。
ピーッと甲高いホイッスルの音がして前半終了の合図と同時に皆見の手が離れていく。
いつか前も、こんな気持ちになった覚えがあった。離れたくないのに、突き放す。そうして後悔して自分を呪う。
でもそうすることしかできなかった夢を。
「皆見さー…」
「うん?」
「俺が裏切り者だったら、どーするの」
簡単に出る筈のない答えに皆見は俺が手を握ったときほど驚きはしていない。
平然とした様子で皆見は軽やかにユニフォームを身につけると、俺に振り向いた。
「…忘れない。混沌の砦、私の墓ってさ」
「皆見?」
「そのときは道連れだ」
と、言った皆見は内心、楽しんでいるような愉快な表情をして「勝つぞ、瀬々」と言った。
後半戦のホイッスルが響いた瞬間、俺は自分の両手で口元を押さえる。
…皆見の、あの声が、表情が俺を捉えて離さなかった。あの一瞬。
背筋をぞわりと撫でられたような憎しみと悲しみを孕んだ皆見の眼球を俺は心底、愛おしいと思ってしまったんだ。
end.