短編2[BL]
□SS
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ボーしん/大学生/同棲
今朝おはよう、と同じ気安さで「別れよう」としんちゃんは微笑んだ。あまりに突然なことでボクが言葉を失うと、しんちゃんは笑って同じ言葉を繰り返す。
今更「どうして」と問いかけるのも間抜けな気がしたけれど何の前触れもなければそんな素振りも見せなかったしんちゃんに何かを言わなければと思った。
「し、んちゃん…他に好きな人がで、きたの」
「ううん」
なら、何故?言いかけたボクの視線は、しんちゃんの手に向いた。赤色の少しボロボロの大きなリュック。彼のお気に入り。
「ボーちゃんのことはね、誰よりも…好きだぞ」
「しんちゃ、」
そう言って、いつもと変わらない彼の笑顔にボクはやっと気がついた。部屋に散らばっていた彼の私物は一つ残らず消えていたのだ。
いつの間に整理していたのか。しんちゃんのリュックに視線を動かしてボクは愕然とする。高校を卒業して、もう何年も一緒に暮していたけれど、ああ、なんだ。
(しんちゃんの荷物はリュック一つに収まるようなものだったらしい)
「しんちゃん、ボク…何か、した?ボクは、しんちゃんが好き」
「ボーちゃん」
「何か…気に障ることがあった、なら…言って」
「そうじゃないんだぞ、ボーちゃん。ボーちゃんは何も悪くない」
見慣れた部屋。けれど今日はしんちゃんの顔がボクには残酷に映ってみえる。ああ、ボク泣いてる?それとも夢なんだろうか。これは…嫌だ。
「しんちゃ、ん…ボクを見捨て…ないで…ボクは、しんちゃんが」
「愛してる、ボーちゃん。誰よりも…何よりも」
だったら、どうして?何度も問いかけようとした言葉は喉を引掻いた。苦しい。寂しい。けれどしんちゃんは本気で出て行くつもりなのだ。
「ボーちゃんが、いっぱい愛してくれたから俺は幸せだったんだぞ」
「…ボクも、だよ」
「だけど、幸せって少し…怖いね、ボーちゃん」
「どうして?」
「ボーちゃんとこの部屋は俺を駄目にさせるんだって気づいたんだぞ」
ポタポタ落ちる血。ああ、しんちゃんの腕を掴み過ぎて皮膚を裂いた血が溢れたんだ。勿体ない、と床に落ちた血を舐めようとしたボクにしんちゃんは一瞬、苦痛な表情を浮かべて、けれど黙ってボクをみる。
「ボーちゃん、覚えてる?俺に喧嘩を売った男の子を殴ったこと」
「…うん」
「俺や、マサオ君が止めなきゃ…ボーちゃんきっと殺してたでしょ」
「…うん」
ぽつぽつ、テレビから流れていく音楽と、しんちゃんの声。ボクはじっと何かを待つ猫のように垂れた血を眺めていた。
「俺が何日か家に戻ってこなかったとき、ボーちゃん起きてたね」
「しんちゃん」
「それも、ずっと。あのときは3日も寝てないって聞いて俺、驚いたんだぞ」
だって、何も言わずにいなくなるから心配…したんだ。ごめんね。ごめんね。好きで。ごめんね。こんなに好きで。
「ボーちゃん…泣かないで、愛してることが幸せなことが、俺こんなに苦しいなんて知らなかったんだぞ」
「しんちゃ、ん」
愛してる。愛して欲しい。互いの一方通行がどんどん歪んでいった。
その結果がこれなのだろうか。ボクはしんちゃんの為なら何でもできるよ。例え、死ねと言われても君が望むならボクは、戸惑うことなくそうしてしまえるのに。
(……なのに、)
「しんちゃ、ん…好き、好き」
「うん、だから終わろう。好きだから…終わろう、ボーちゃん。愛してるから終わりにするんだぞ」
君を愛して死ねないボクは不幸だ。しんちゃん。
end.