短編2[BL]

□屈底アツミ
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しん+屈底アツミ



初恋は実らないって、有名な話


「しんちゃん!」

「…どちら様?」

「信じらんねー!忘れちゃったの?アツミだよ」

「……アツミ?」

「屈底アツミ!チョー懐かしいんですけど」


そりゃあ、もう何年も会ってはいなかった。たまたまこうして寄ったコンビニで再会したくらいだ

時々しんのすけの妹のひまわりとは連絡を取り合っている仲だけれど、しんのすけとこうして対面するのは小学生以来だろうか。


「おお。お久しぶりぶりざえもん」

「つーか、しんちゃん変わってないし。何それ」


いや、全然と言えば嘘になる。アツミだって最初は、かっこいい男の子がいるなぁとか、そんな風に感じていたのだ。

よく見れば、背もアツミより何倍も高いし声も顔も雰囲気も女の子が一瞬で恋に落ちる要素は揃えている。

(てゆーか本当に中身はそのままつーか。てかさ、どうしてアツミだけこんなに喜んでるわけ)


「そんなことないぞ。男前になったでしょ」

「てゆーか、その自信どっから来るわけ?宇宙から来るわけ?」

「ふっ、それ懐かしいぞ。昔も似たようなこと言ってたでしょ」

「…覚えてるわけ?つーか、アツミは忘れてるんですけど」


自動ドアの無機質な音が耳に届くたび、人の出入りが多い時間帯だったことをアツミは頭の隅でぼんやりと考えていた。

久しぶりなのだから、こんな場所ではなくて近くのファミレスでも公園でも誘ってみたりしても問題ないだろうか。

(つーか普通に言えば変じゃないし?てかさ相手はしんちゃんだし。たまたま再会できた喜びを、もう少しだけ語っていたい。それだけじゃん)


「…あのさ、」

「あ、ごめん」


「まだ時間ある?」そう言おうとした言葉を、アツミは肺の奥に飲み込んだ。

しんのすけの携帯に着信が数回、鼓膜に響き開いたままのアツミの口はパクパクしたまま少しの恥ずかしさに顔を染めたのだが。

それよりも、もっとしんのすけの方が大変なことになっていた。


(…あ、まっか)

しんのすけの表情が一瞬だけそうなったことをアツミは見逃さなかった。

その理由が同じ意味を持っていたら嬉しかったのだろうが、しんのすけは電話の相手に一喜一憂しているらしい。


「ん。分かったぞ、俺は大丈夫だから」

「うん、俺も」「大好きだぞ」たぶん、最後くらいはそんな会話だったと思う。

相手が誰かは知らなくても、それがしんのすけの恋人あるいは大切な相手だと分かっただけで、アツミには十分だった。


(てゆーか、しんちゃんそんな顔もするわけ?つーか、あんな優しい顔のしんちゃんアツミ知らないんですけど?)

小学生以来会っていなかったのだから、そんなことは当たり前なのだろうけれど、アツミにはそれさえも悔しかったのだ。

そもそも何年も会っていなかった「友人」の一人に再会しただけで、どうしてこうも心ばかりが忙しくなるんだろうか。


「俺そろそろ帰るけど良かったら家まで送るぞ」

「…てゆーか紳士!つーか意外なんですけど」

「こんなに可愛くなった女の子を一人にして帰せないでしょ」


にこっと、笑ったしんのすけにアツミは瞬きをするだけで目尻から何かが落ちてしまう気がした。

優しい、優しい、アツミの「友達」それでも先ほどのような電話の相手に対するような優しさも温もりも感じられはしないわけ。

(…あれは別格の優しさなわけね。つーか特別?恋人限定?てゆーか何それ)


「てかさ、アツミ今日は彼氏と待ち合わせしてるから大丈夫だし」

「おお、好きな人がいるってどんな感じ?」

「…チョー、幸せ」

(なのに、どうしてアツミは後悔で押しつぶされてるわけ?)


しんのすけは黙っているアツミに、コンビニで買ったチョコビを差しだすと軽く笑うようなそれに変わって、アツミの鼓膜に囁きかけてくる。


「じゃ、そゆことで」

「…っしんちゃは?」

「ほいほい?」

「…いま、チョー幸せ?って感じなわけ」

「幸せだぞ!」

そうして「待って」とも言えずに遠くなっていく、しんのすけの背中をアツミは追いかける真似もしなかった。

正確に言えば、できなかったのかもしれない。


「つーか、信じらんねー。てゆーか、しんちゃんのチョー馬鹿」


(…幸せねぇ、)

しんのすけのくれたチョコビをアツミは口に放り込むと喉の奥で小さく笑いその甘さを噛みしめる

甘酸っぱい感覚と共に、アツミは自分の初恋が誰だったのか、それを納得いかない頭の中で少しだけ、思い出したのだ。


end.

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