短編3[BL]
□まつざか梅
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しんのすけ+まつざか先生
恋愛は幸福を殺し、幸福は恋愛を殺す。
なんて言葉を訊いたことがある。だから、あの人は何年たっても恋に臆病なのだ。
「梅さん」
「…梅って呼ばないでちょうだい。嫌いなのよ、その名前」
「じゃ、まつざか先生?でも、もう先生じゃないぞ」
「まつざかさんって呼びなさいよ。野原君」
「…野原君って他人行事だぞ」
「それを言うなら他人行儀、でしょ。しんのすけ君」
と言葉を続ける年上の、その人は相変わらず美しい笑みを浮かべている。
もしも今、俺とまつざか先生が同い年ならきっと美少女だったろうな。いや昔から黙っていれば美人だったけれど。
(…でも、そんなこと長続きしないってことは俺にだって分かってるぞ)
いつまでも自分を高価なブランドで綺麗に着飾って、私はひとりでも大丈夫なのよと振る舞う姿は孤独と憐れさを滲ませていた。
大人のくせに性格が捻くれていたり、自分の名前にコンプレックスがあったり。金遣いは荒いし、お酒は好きだし、男漁りはするし。
中身と容姿が噛み合っていない残念な人だけれど。
それを全部、含めても俺はまつざか先生を嫌いになったことがない。だから多分、この人には俺みたいなのが必要なんだと思うんだ。
根は純粋な女性だから子供は好きだろし、こんな俺のことも貴方はずっと見捨てたりしなかったことも知っている。
「梅さん好きだぞ」
「…好きって簡単に言わないで。しんのすけ君、何歳になったの?」
「梅さんと結婚できるくらいには大人になったつもりだぞ」
「まだ18歳でしょ」
「梅さんと比べたら子供だろうけど、すぐ頼れる男になるよ」
そう言って笑ったら、年上とは思えないほど、いつも綺麗にしていた先生の顔が初めて戸惑いを見せた。
丸めて震える背中が小さな子供のように思えて、背中を撫でるだけじゃ我慢できなくてもう片方の手のひらで頭も優しく撫でる。
「まるで子供扱いね」
「俺が5歳の頃は、こうして梅さんがしてくれたんだぞ」
「そうね。そうやって他の女の子にも優しくしたらいいわ」
「そんなことしないぞ。性格の悪さは相変わらずですなぁ、梅さん」
「だから梅って呼ばないで。可愛い女の子が好みなら他を探しなさい」
「嫌だぞ」
「しんのすけ君なら選び放題でしょう」
「いいよ。俺には梅さんがいるから」
丸めた背中に覆いかぶさるように、腕を回すと昔よりも小さく感じる。
そりゃそうか。俺は成長しても梅さんはいつまでも昔のまま歩みを止めているのだから。
「よく訊いて、しんのすけ君。貴方のこれからの未来に私は相応しくないわよ」
「それは俺が決めることでしょ」
「…しんのすけ君の人生を無駄にはしたくないのよ」
「俺、幸せになりたくて梅さんを選ぶんじゃないんだぞ」
ましてや綺麗な年上のお姉さんなら先生じゃなくてもいいんだ。それこそ先生より性格が良くて料理が上手な人なんて沢山いるだろう。
「でも、これ先なにがあっても梅さんとなら乗り越えられると思ったから好きになったんだぞ」
「…しんのすけ君」
「できれば梅さんを幸せにしたいとも思ってるぞ」
梅さんが、この世で一番、好きだった人には会わせてあげられないけど。
(…徳郎さんは、もういないけれど)
「でも俺はずっと傍にいるぞ。だから俺のこと愛してみてよ。まつざか先生」
「もう、しんのすけ君の先生じゃないわよ」
「ほうほう。じゃ、お嫁さんになる?」
と言えば「お馬鹿」と、あまりにも美しい笑みを浮かべるものだから「馬鹿でもいいぞ」と先生を守るように抱きしめた。
そうしたら少し震えた先生が泣いていたから、やっぱりこの人は俺が傍にいないと駄目なんだと思ったんだぞ。
end.
※「恋愛は幸福を殺し幸福は恋愛を殺す」
ミゲル・デ・ウナムーノ・イ・フーゴの名言