短編3[BL]

□初恋
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しん+あい



「あいちゃんって俺が好きなの?」

「好きですわ」

「俺も、あいちゃんのことは友達として好きだぞ」

「あいはいつまで経っても、お友達なのですわね」

「そうだぞ」

と、向い合せに座るしん様の静かな声に重なり合ってベージュ色の屋根を叩く雨音が聞こえてきた。

「しん様は、あいの初恋ですわ」と言えば「初恋は叶わない決まりだぞ」と。

けれど初恋の最大の魅力はこの恋がいつかは終わるということを知らない点にある、とも言いますのよ。

(…そもそも、あいの恋に終わりなんてあるのでしょうか)

自嘲的な笑いに呼応して喫茶店の軽快なメロディは、あいの心臓を刺し貫くように、ふつりと言葉を途切れさせる。


「しん様に、はじめて恋人ができたときのこと今でも覚えていますわ」

「ああ。たしか大学生のね」

「ええ。しん様の隣に並ぶ女性は皆、綺麗でしたわ」

何度か唇の端を引き上げて笑おうとした表情が酷く滑稽に歪んだのが、ガラステーブルに映って見えた。

幸せはいつだって期待と欺瞞で満ちている、と言うけれど。でも…それでも、あいは何もないよりはマシだと思いますのよ。

(…それが例え、幾数万の悲しみであっても)


「あいちゃんだって十分、綺麗だぞ」

「しん様ってば優しくて残酷ですのね」

「これで嫌いになったでしょ?」

「そうなれたら、ここまで惨めなことにはならなかったのかもしれませんわね」

とうとう降り出した雨音を聞きながら、カップを握った指にギュっと力がこもる。

慰めるためなのか大きな手のひらがぎこちなく、けれど優しくあいの黒髪を撫でた。

「あいちゃんの気持ちは受けとれないぞ」

「どんな形でも傍にいられればいいんですわ」

「あいちゃん」

「それに、しん様を嫌いになったあいなんて想像もできませんのよ」

この先、叶わない恋で泣いてしまっても自分の恋を大切にできたなら、それで十分ですわ。何もないよりはマシだと思いますのよ。

例え、しん様の運命の相手が自分じゃなくとも貴方は一生、あいにとっては大切な人で在り続けるのでしょう。

「よく見てよ。俺のなにがいいの?普通の男だぞ」

「しん様はいつだって魅力的ですわ」

「…あいちゃんには適いませんなぁ」

「ふふ、しん様。ずっと好きでいてもいいですか?」


少しだけ乱暴に目許を拭って、しん様を見上げると困ったような、けれど好きになった頃となにも変わらない笑顔に野原しんのすけという人を、また慈しむことができた。

end.

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