ちびまる子/他短編
□手嶋野+皆見
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ボクラノキセキ
手嶋野尚+皆見晴澄
教室の窓から差し込む日差しと、廊下から微かに聞こえる喧騒、ひんやりとした風の感触が心地いい午後3時。
壁に背を預けたまま伸ばした足を交差させる。穏やかな空気、賑やかなクラスメイト。
こうしていると平和だ。何も知らなかった頃のようだとすら思える。
「前も思ったけど皆見の声って、変わってるよな」
「変わってる?かな」
「いや、変な意味じゃねーけど」
「けど何だよ。歯切れが悪いな手嶋野」
教室の壁にもたれつつ片手を制服のポケットに突っ込み、窓の外をみる。
皆見は人畜無害そうなその表情を崩さないよう柔らかな笑みを俺へと向けた。
こんな優しそうな顔をして時々、ぞっとするくらい平気な顔で悪役にもなってしまえる皆見って役者だとすら思える。
(その根本的な実態は王女なのか、皆見晴澄なのか。どっちか…つーのは、まぁいいか)
「よくわかんねーけど落ち着くつーかなー」
「そんなものか?」
「そんなもんですよ」
からかうような口調で隣に並んだ皆見の様子を窺うと、その表情には照れ隠しのような柔らかな笑みが浮かんでいた。
(…やべェ、そんな顔もできるのかよ。皆見)
ヴィンスだった頃は頭の平和なお嬢さんだとか、生意気な女だとか、偏った知識があるとか。
王子から聞かされる王女のことは大半がボロクソだったと思う。
でも、そのうち王女のことをユージン王子は俺に話さなくなった。
単にウマが合わなくなったのだろうと勝手に解釈していたが、もしかすると俺に王女のことを多く語ることが嫌になったのかもしれない。
(…俺が王女のことを好きだとバレた?とか…はは、それはないか。ヴィンスだった頃だってその事に気がついたのは死ぬ直前だったしなぁ)
「王女は何を考えたんだろうな」
「誰?」
「おめーだよ」
「ああ、俺ね。それでベロニカが何?」
「…死ぬ直前」
「うはは」
「うははって、おめー俺は真剣に」
「いや、真面目な話。なんつーか、そこは考えないようにしてたなと思って」
皆見は男にしては艶のある髪、ふっくらとした頬、無害そうなその表情を崩さないようにゆっくりと窓から俺へと視線を向けた。
時々、皆見が王女に重なるときがある。前世がそうなんだから、仕方ねーのかもしれねーけど。
ぞっとするくらい不安にさせられるのだ。
矢沼ん時みてーに何をするか分からない。本当に俺を憎んで殺す日が来るかもしれない。
もう俺に笑いかけてくれなくなるかもしれないとか、馬鹿みたいに考える。
「手嶋野は」
「んー?」
「死ぬ直前、なにを想ったんだ」
「あー…わけ、わかんねーまま死んだから。記憶が曖昧つーかなー」
「わかるよ」
皆見は人当たりの良さそうな顔をして王女の仮面も剥がそうとはしない。鉄壁だ。生まれ変わっても本質は、あの頃のままなのだから嫌になる。
何も知らなかった頃に今更、戻りたいとは思わないけど。いや実際できるなら望んでいたかもしれねーけど、でもやっぱり駄目だ。
皆見が自由になれるまでは俺も此処にいてやらねーと。
「だから今、ひとつ決めたことがある」
「へぇ、何?言って、手嶋野」
「言ってもいいのかよ?後悔しても知んねーけど」
「何だよ、それ。物騒だな」
皆見は笑いながら俺の頭に手を伸ばした。何度か優しく叩かれた後、最後にそっと撫でられる。
その表情が、仕草が、声の抑揚が王女に似ていた。
いや同じで当たり前だろうに、こんなことひとつでいつのまにか俺の心を大きく占めてしまうのはきっと今も昔もお前だけだったろうな。
「…皆見」
「ん?」
「俺、今度は」
「うん」
もし、また死ぬことがあったら。
あんなにも苦しくて悲しい想いをするのなら、今度は。
(―――…今度こそは)
「なぁ、皆見。俺さ」
お前の傍でこの恋を終わらせたいよ。
end.