ちびまる子/他短編

□今はお別れ
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カメラ少年ひろし君+まる子



一番、欲しかったものがあった。

でもそれは多分、オレが置いていかなきゃいけないものだったんだよ。


「ひろし君、もうダメだぁ。あたしゃ理解できないよ」

「まる子が勉強、教えてくれって言ったんだろ」

「そうだけどさ…」

砂糖をたっぷり入れたホットミルクをごくりごくりと飲みながら、まる子はチラリとオレの首に下げているライカを見つめた。

それはオレが昔コンテストで入賞したときに手に入れたカメラだってことも、こいつがオレにとってどれだけ大切なものか、まる子は知っている。

半分ほど飲んだホットミルクをテーブルに置き、まる子はゆっくりと瞼を閉じた。

その瞬間さえも愛おしい。


「ひろし君は高校、卒業したら…遠くに行くんだよね」

「遠いって言えば遠いけど会えない距離じゃないよ」

「そうだけどさ。東京って新幹線乗るんだよ」

「新幹線、まる子は嫌いなのか」

「…好き嫌いの問題じゃないよ」

ちょっと不機嫌な声が、ぎこちなくホットミルクに沈んでいく様子に何故か胸が締め付けられた。

泣かせてしまうだろうか。それとも、嫌われてしまっただろうか。


まる子の大きな瞳を見つめながら、テーブル越しの距離にさえも寂しさを覚えた。

「汽車でも行けるけど3時間くらいかかるって、たまちゃんが教えてくれたよ」

「近いって言っても県外だしな」

「そんなの、すぐ会える距離じゃないよ」

寂しいよ、とまるで子供みたいな我が儘を平気で口にする。

そんなとこも、まぁ好きだよ。可愛いよ。

「オレだって手の届く範囲に、まる子がいないと心配になる」

「…ひろし君」

ホットミルクを一口飲むと、もう冷たかった。これじゃあ、ただの甘いミルクだ。

苦笑いと一緒に胸の痛みが蘇る。


「でもオレは夢を叶えたい」

「うん」

「まる子も夢も大切なんだ。どっちが欠けてもいけないんだ」

「…知ってるよ」


「だから、今は置いて行くよ。お前のこと」

カップを片手に持ったまま、まる子はオレの言葉に泣きも喚きもしなかった。

そして少し寂しそな表情を残して、柔らかくオレと相棒のカメラを見つめる。

「いいよ」

「…寂しくないのか」

「寂しいよ」

「…オレがいなくても勉強、怠けるなよ」

「まる子だって、やればできる子だよ」

「それと、」

「…大丈夫だよ。まる子、ひとりでも平気だよ。ひろし君」


想像よりもずっと優しい笑みを浮かべるまる子にオレは指を伸ばし、その綺麗な黒髪を撫でた。


「まる子がいるから、オレ…夢を追いかけられるんだ」

「…うん、あたしもだよ」

ごめんな、こんなオレで。もっと別の誰かなら、まる子のこと悲しませることもなかったのかもしれないけれど。

壊れそうなくらい小さな身体を抱きしめながら、オレはこの寂しささえも愛おしいと思っているんだ。


end.

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