ブラッディクロス

□二章
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 さて、今の状況を的確に表すならばただ一言。
「せ、狭い……」
「ああ、狭いな」
 現在吉川家の押入れに潜伏中。二人分のスペースなどあるわけもなく今にも潰れそうです。肉体的にも精神的にも。
「なんで僕と大樹が押入れに入ってるのさ」
 今さらながらの疑問。体格の大きい大樹のおかげで僕の体は圧縮寸前だ。
「いいじゃん。俺とこんなに近くにいれてうれしいだろ?」
 鳥肌が立った。冗談でも言っていいものと悪いものがある。だいたいこういうシチュエーションのお約束は男女のはずだ! 何が楽しくて男とくっつき合わなくてはいけないのか、僕は神様を恨みます。
「なんだよ、そんな青白い顔して。気分でも悪くなったか?」
「だ、大丈夫だから! お願いだから顔を近づけないで!」
 まだ夏にはなっていないが暑い。こんな閉鎖的なところにいるためか、酸欠みたいに頭が重くなる。そしてもう一度言おう。どうして僕と大樹なんだよ!
「いてて、わかったから叩くなって。ここ狭いんだからあんまり暴れんなよ」
「こんな仕打ちを受けて黙ってられない! なんでこうなったんだよ!」
「そりゃ、お前が企画したからだろ」
 その通りだった。迂闊にそんなことを言った自分に腹が立つ。
「そして奈織がケーキを買ってくるからって俺たちに隠れるように命じたからだな」
「それだよ!」
 ものすっごくいい笑顔で僕たちに押入れに隠れるように命じた奈織。勝手な推測だけど僕が困ることを予測していたのかもしれない。
「どうせなら僕もケーキを買いに行きたかったよ……」
「まあいいじゃん。もう少しで美羽も帰ってくるだろうし、我慢だ我慢」
 それもそうだ。いまさら言っても仕方がないし。この辛い時間もあと少しで終わるはず。そう自分に言い聞かせ深呼吸。落ち着いていれば暑さも慣れるはず。
「でも、こうやって間近で見ると、お前ほんと女みたいな顔してるよな」
「うわああああああ!」
 本能的に危険を察知。こんな状況でそんなことを言う大樹をおもいっきり叩く。
「ぐおおっ! な、何をする!」
「それはこっちのセリフだー!」
 もうやだ。早く帰ってきてよ美羽ちゃん。僕このままだと死んじゃうかもしれないよ。あ、なんか頭がさらに重くなってきた。
「おい、大丈夫か? さっきよりひどい顔になってるぞ」
「うう……お願いだからそっとしておいて」
「ったく、暴れるからだぞ。顔が少し赤いな」
 暴れたせいで熱い。狭い空間だからなおさらだ。
「熱いんだろ? そんなきっちりボタン留めてないで何個か外せよ」
 親切心からだろう、そんなことを言うのは。だが、そうわかっていてもボタンを外す気にはなれなかった。
「い、いや僕はこのままでいいから」
「だめだ。熱中症になるかもしれない」
「いいってば!」
「むう、強情だな。なら俺が外してやろう」
 手を伸ばしてくる大樹。危険度が再上昇した。
「や、やめてー!」
「こら! さっき暴れるなって言っただろ!」
「無理!」
 突き飛ばそうとするがいかんせん体格差がありすぎる。大樹の手が僕の制服のボタンを無情にも外していく。
「大人しくしてろって」
 なおも暴れ続ける僕の手を大樹の手が押さえつける。その状況にさらに抵抗。もう僕必死です。このままじゃ本当に死にそうだ。そう思っていると――
「だ、誰かいるんですか!?」
 慌てた声と同時に押入れが勢いよく開かれる。声の主は帰宅したらしい美羽ちゃんのもので、ぽかんとした表情でこちらを見つめてくる。
「…………」
 沈黙。誰も彼もが固まった状況の中、真っ先に動いたのは大樹だった。
「おう美羽、遅かったな」
 当たり前の挨拶。だけどとても場違いな気がしたのはなぜだろう。今の状況、僕を押さえつけた大樹が僕の制服のボタンに手をかけている。隠れるように押入れの中で密着するように。第三者から見てどういう風に見えるのか。答えは真っ赤な顔になった美羽ちゃんを見ればわかります。
「ななななな、何やってるんですかーーーーーーーー!」
 僕の思考は普段は出さないような大声を出した美羽ちゃんによって遮られた。
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