ブラッディクロス

□二章
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 目の前には無機質な色の壁。カーテンからの薄い光を反射している。
 頭にもやがかかっているようだ。ここは、どこだ?
「……なんだ、僕の部屋じゃないか」
 どうやら寝起きで思考がうまく働いていないようだ。じっと見つめていた壁から視線を外し半分起き上がっていた体を動かしてベッドから降りる。
「ん、いつのまにか寝てたんだ」
 昨日の夜の記憶がうまく思い出せない。疲れていたからすぐに寝てしまったのだろうか。机を見ると開かれたままのノートや教科書、散らかった文房具が確認できた。
「あ、でもきちんと宿題とかやってる。えらいぞ僕」
 時間を確認。どうやら目覚ましよりも早く起きてしまったようだ。ゆっくりと身支度を整え食事を用意して食べ始める。一人暮らしだから、というわけではなくて元々から料理は一通りできる。
「……だめだな」
 食事する手を止めてぼやく。頭の中で何度もあの声が響く。
『そんな顔しないで……』
 今にも死にそうな状態で優しくそう言った彼女。
「君は、一体誰なの……?」
 自問自答のように呟く。誰にも、自分さえにもわからないことを。
 何かが変わり始めていた。はっきりとはわからないがそう感じられた。
 いつもと同じ夢のはずだった。けれど今日は違っていた。なぜ?
 思い出されるのは昨日出会った少女。燃えるように赤い存在。
『あなたは狙われている』
 告げられたその言葉は一体なんだったのか。不安だけが、募っていく。
「大丈夫。きっと、大丈夫」
 呟く。自分に言い聞かせるように。
 今日もきっといつもと同じ日常だと願うように。


「さあて、じゃあ今日の美羽ちゃんの誕生日会について話し合うわよ」
 はーい、おう、などと返事をする集合メンバー。昼休みの食堂、いつもの三人で話し合うのは今日開かれる美羽ちゃんの誕生日会についてだ。
「じゃあびっくりしすぎて泣いちゃうくらいすごいのにしちゃおうかしら」
 いきなりハードルが高かった。
「いや、泣かせちゃうのはちょっと」
 あとびっくりの種類による。ただ単に驚かせて泣かせるのではなく、感動させて泣かせる方を推進。
「というかなんで奈織が話に入ってんだよ! コショーは誘ったがお前は誘ってないだろ!」
 びしっと大樹が奈織を指差し異議ありを唱える。指摘された方はどこ吹く風だ。
「だから? あたしが美羽ちゃんの誕生日会に行っても何も問題はないでしょう?」
「ないとは言い切れないだろ!」
 その発言にむっとする奈織。
「まあ言い切れないけど」
「同意しちゃった!」
「と、冗談はこのくらいにして。あたしももちろん行くわよ?」
「させん! お前にだけは邪魔をさせんぞ!」
「誰が邪魔よ! 誰が!」
 徐々にヒートアップしていく。その様子を僕はただ眺めることしかできなかった。
「お前を呼ぶとろくなことにはならないんだよ! 前に酷い目にあった!」
「なっ! あれはまだ小学生だったころじゃない! もうあたしもあんなことしないわよ!」
 小学生のころ何があったんだろう。大樹のあの様子じゃすごいことやらかしたんだろうな。
「はっ、信用ならねえな。今度も何をしでかすかわかったもんじゃない」
「いつまでも昔のことを……。いいわ、なら考えがある」
 ふふんと意地悪く笑う。それを見て大樹が身構えた。
「な、なんだよ……」
「ねえ、あんた昨日コショーと一緒にプレゼント買ったのよね?」
「あ、ああそうだ」
「じゃああんたが買ったプレゼントってだれが選んだものなのかなー?」
 そういえば奈織には昨日のこと話してたんだっけ。
「そ、それは……」
「それは? もしかしてコショーが選んであげたりしてないよねー?」
 わかってるくせにわざとらしく大樹を追い詰める。
「…………」
 沈黙は金。でもこの場合は肯定となってしまう。
「ふーん、だんまりですか。もし選んだのがお兄ちゃんじゃないとわかったら、美羽ちゃん失望しちゃうかも。どう思う大樹?」
「さあ三人で話し合おうか」
 コールドゲーム。奈織の圧勝でした。
「さて、話を戻しましょう。どうやったら驚いてくれると思う?」
「うーん。どうやったら驚くか、ねえ」
「プレゼントが入っている箱の中に俺が!」
「驚くどころかどん引きね。マジックみたいに剣を刺されるわよ。百本くらい」
 一気に誕生日会が血みどろに。箱に詰められた大樹が箱ごと貫かれている光景を想像。返り血がケーキを鮮やかに染めている。なんかシュールだ。
「じゃ、じゃあ僕たちが行くことを内緒にしてて実は押入れにずっといました、みたいなのは?」
 嫌な想像を振り払いながら無難なアイディアを提案してみた。
「ああそれいい! そうしましょう。こう、いきなり飛び出しておめでとーみたいな」
「まあ、そんぐらいなら大丈夫だろ」
 どうやらこんなのでよかったみたいだ。変に凝ったものしようとしたら失敗しそうだし。
「じゃあそういうことで。いい? くれぐれも美羽ちゃんには――」
「美羽がどうかしましたか?」
「うわわわっ!」
 いつのまにか現れた美羽ちゃんにびっくりしてイスから転げ落ちそうになる奈織。その様子に声をかけた美羽ちゃんもびっくりしている。
「な、なんでもないよー」
 奈織がすぐに取り繕う。しかし美羽ちゃんはとっても怪しんでいた。
「むー、ほんとですか?」
「ええ、それはもう」
 にっこりと笑う。とても不自然だ。
「え、と。美羽ちゃんも一緒に食べる?」
 とりあえず怪しまれないように話題を変えてみる。
「い、いいんですか? 昨日もご一緒だったのに」
「もちろんだよ」
 僕の返答に美羽ちゃんの顔がぱあっと明るいものになる。どうやら誤魔化せたようだ。
「じゃ、じゃあ失礼します」
 そわそわとイスに座る。隣で奈織が親指を立てる。ナイス判断だと伝えたいらしい。
「やっぱこうなるのか……。俺ってなんなんだろう」
 向かい側で一人、大樹がそうぼやいたのが聞こえた。
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