ブラッディクロス
□二章
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寮に帰り着く。ここは僕のように遠い場所からの出身の人たちが住んでいる。一人用の部屋が百ほどの五階建て。まだこの寮が出来てから五年ほどであり新しい。部屋の広さも内装も申し分ないもので人気が高く、僕がここに入居できたのは本当に幸運なことだと思えた。僕の部屋は二階にある。階段を上ろうとしていると声をかけられた。振り返ると部活帰りだろう奈織がいた。確か奈織は文芸部に所属していたはずだ。
「こんばんわコショー。ずいぶんと遅い帰りね」
昼間と変わらない元気な様子で挨拶をしてくる。
「……あ、清水さん。こんばんは」
頭の中は先ほどの出来事で一杯だった。そのため対応が遅れてしまう。
「奈織だってば。で、どうしたのコショー。なんか疲れてる?」
そんな僕を心配そうに覗き込んでくる。なんだか申し訳なく思った。
「えと、うん少し。ごめん」
僕の謝罪に怪訝そうに眉根を寄せる。
「なんで謝るのよ。コショーってばほんと変だね。でも何したらそんなに疲れるのよ?」
そう聞かれて返答に詰まる。頭の中に先ほどの少女の姿が浮かび上がる。
「えっとね、さっきまで大樹と一緒に美羽ちゃんの誕生日プレゼントを買いに行ってたんだ。それで」
とっさに答えたのは事実であり、しかし疲れた本当の原因ではなかった。帰りに出会ったカリナのことをなぜか奈織に言おうとはしなかった。いや、言ってはならないような気がした。きっと大樹や美羽ちゃんにも話さないだろう。話しては、伝えては、教えては、絶対にいけないことだと本能が訴えかけていた。このことだけは巻き込んではいけないと。
「あー、なるほどね。あいつセンス無いからいろいろ振り回されたんでしょう?」
奈織は僕の言葉を疑わず、僕はそれに苦笑で返す。それを見て奈織も笑った。僕はその様子にひどく安心した。
「それで? 結局何買ったの?」
僕は大樹との買い物の様子を話した。奈織は笑ったりつっこみを入れたりしながら聞いてくれた。僕もそれがうれしくて笑顔で話すことができた。
「実は、あたしはもう美羽ちゃんへの誕生日プレゼント用意してあるんだ」
「そうなの? へー、それって何?」
「まだ秘密よ」
「えー」
「まあそんなたいしたものじゃないんだけどね。あー、でもコショーのには敵わないだろうな」
「いやそんなことないよ。僕が買ったの、そんなにちゃんとしたものじゃないし」
そう言うとなぜか奈織がいやらしく笑う。まるでわかってないなとでも言うように。
「そういう問題じゃないんだけどねー。まあコショーに言っても無駄かな」
「じゃあどういう問題?」
すると奈織は一人で階段を駆け上がる。振り向いてべーと舌を出してきた。
「教えなーい。じゃまた明日ね」
元気よく手を振って消えるよくわからない友人。一体どういう問題だったのだろうか。
「とりあえず部屋に戻ろうかな」
宿題やら予習やら高校生は忙しい。明日に備えて早めにやって早めに眠ろう。
いつも通りに振る舞い、いつも通りの生活をしよう。そうでもしないと心の隅にしっかりと居座るさっきの出来事が僕の心を侵食してしまう。
そんな思いを振り切るように僕は自分の部屋へと走った。