ブラッディクロス

□一章
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「今日はありがとな。おかげで助かった」
 うれしそうにお礼を言ってくる大樹。そんなふうに言われると照れてしまう。
「いいよそんなの。僕も付き合ってもらったし」
 僕は手に持った小さな袋に視線を向けながら返答した。中には美羽ちゃん用のプレゼント、それとついでに買ったものが入っている。
「そうだコショー、明日うち来いよ。美羽の誕生日会するからさ」
「えと、いいの?」
 誕生日会は家族でするだろうからプレゼントは学校で渡そうと思っていたんだけど。
「もちろん。今親がどっちも遠くに出張中だからさ。じゃあ明日予定空けとけよ」
「うん、わかった」
 僕は笑顔で応じた。純粋にうれしかった。天ヶ崎高校に入学してから二ヶ月。こんなふうに友人と笑い合うことができて本当にうれしかった。まるでこんなことが初めてかのように、とてもうれしかった。
「じゃあ明日な。楽しみにしてるぜ」
「うん、また明日ね」
 元気よく手を振り大樹は自分の家の方向へと帰っていった。僕も小さく手を振り帰路へとつく。


 僕は自分の住む学生寮へと歩みを進めた。そこは街の端に位置するため寮に近づくにつれ人気が少なくなっていく。この時間帯は部活も終わっていないため、帰宅する学生とも会わない。一人誰もいない道を進む。
「ふう、だいぶ暗くなっちゃったな」
 空はもう赤く染まりそれも少しずつ暗くなっていく。夕方の景色はどこか幻想的な雰囲気がする。いつもと同じ風景のはずなのに違って見える。まるで世界が変わってしまったかのように。
 そう感じたとき、自分の体に変化が起きた。ドクン、と鼓動が一際大きくなる。何かに反応するように。
「っ――!」
 体を突き動かしたのは恐怖か。それとも――。
 振り返り、まず目に入ったのは赤。燃えさかるような深紅色。世界が全て燃えたのかと思った。それくらい印象が強かった。それを見て同時にあの夢が思い出される。赤く染まった世界が。
「久しぶりね」
 赤がしゃべった。いや、赤い人がしゃべった。腰まで届く髪、妖艶に微笑む唇、こちらを射抜くような瞳、その全てが強烈な深紅。そんな彼女を視界に入れて僕の体は石のように固まった。しかし体の中では狂ったように心臓が跳ね回り血の廻りが速くなっていく。
 ドクンドクンドクン――
 熱い。内側から溶けてしまいそうになるくらい。
 その少女は人ではないかのように繊細で美しい、まるで人形のよう。魅惑的なその雰囲気、しかしそこに危険が潜んでいるように感じられた。黒を基調としたドレスのようなひらひらとした衣服が不気味に揺れる。
「元気にしてた?」
 まるで長年の友人のように話しかけてくる。本当に気安く、何気ないような感じで。でも、僕はこの少女を知らない。今まで見たこともない。僕の頭の中で疑問が渦巻く。同時に警戒心が生まれた。
「どうしたの? 返事しなさいよ」
 少し眉根を寄せて怒ったように問いかけてくる。その様子にますます混乱してしまう。
「え、と……君は、誰なの? 僕、君と会ったことないと思うんだけど……」
 おそるおそる初対面であるはずの少女にそう返事をする。すると彼女は一瞬きょとんとした顔になり、次の瞬間には笑い始めた。
「あは、あはははは! そうだった、そうだったわね! あはは! すっかり忘れてた。で、でもなにそのしゃべりかた? 僕、ですって! ふふっ! とってもおもしろいわ」
 腹を抱えるほど笑う。それを見て何かが僕の心をつつく。それが一体なんなのかはわからない。さっきから体を襲う熱も、疼きも。
「あの、一体なんなの? おもしろいこと言ったつもりはないけど……」
「そ、そうだった。ごめんなさいね。気を悪くしないで」
 いまだ乱れる呼吸をようやく抑えて少女はこちらに向きなおした。
「じゃあ仕切りなおしてと。初めまして、と言っておきましょう。私の名前はカリナ・ウェントワース・リトル。薔薇十字団所属、十二使徒が一人。気軽にカリナって呼んでね」
「え?」
 薔薇十字団? 使徒がなんだって? 聞いたこともない単語に戸惑いを覚える。同時に得体の知れないこの少女に恐れを抱く。
「よろしくね」
 見るもの全てを魅了してしまいそうな笑顔で彼女は手を差し出してくる。
 僕はいつもの世界に亀裂が入った気がした。
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