ブラッディクロス

□一章
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 午前中の授業を乗り越え、待ちに待った昼休み。校舎内にある食堂に僕らはいた。
 この学校ができてから一度も改装されていないのでどこか色あせたような雰囲気。だが決して清潔感は失われておらず、むしろ味のある居心地のいい空間となっている。
 僕と清水さんは席に座り大樹は目の前に突っ立っている。
「うーん、お腹すいたー。ほらほら大樹、あたしたちの分早く持ってきなさいよ。あたしチャーハン」
「僕はミートスパゲッティで」
 僕らは当然のように思い思いに好きなメニューを述べた。その様子を見ながら大樹が渋い顔をする。
「おいお前ら、おごってもらう人に対してそれはないんじゃないのか? 自分の分くらい自分で運べよ」
 うーん、確かにもっともだ。しかたない自分で取りに行こう、と思って席を立とうとすると清水さんに肩をつかまれ阻止されてしまう。
「何言ってんの。あたしやコショーのような華奢でかわいい人に重いもの持たせようってわけ?」
 至極当然のように言い放つ。あたしやコショーのようなって、僕自分のこと華奢でもかわいいとはあんまり言われたくないんだけど。やっぱりほら、男として。
「お前はコショーのように華奢でもかわいくもないわ! 自分で持て!」
 大樹のその発言にピクッと頬を動かす清水さん。これは、怒ってる。あとどうして大樹も僕に対してそのような不適切なことを言うのか。
「へー、ふん、そう。あくまであたしたちに動けと言うわけだ」
「あったりまえだ」
 絶対に譲らないと強い意思を見せる大樹。それに対し余裕の表情の清水さん。
「なら嫌でもあんたを動かしてあげる」
 そう言って視線を食堂の入り口の方へ移動させる。僕らもそちらを見る。そこには僕らの知っている女の子がいた。
「おーい美羽ちゃん! こっちこっち」
 人目も気にせず大きな声で清水さんが呼んだのは吉川美羽、大樹の妹である。
 声に気がつきこちらへと小走りでやってくる美羽ちゃん。とても小柄でへたすると小……まではないかもしれないが中学生なりたてくらいに見られるかもしれない。ふわふわとした髪は背中に着くくらいで、こちらの保護欲をかきたてるようなかわいらしい容姿をしている。
 確かクラスの男子によると今の一年の中でも指折りに入る人気だとか。そこに美羽ちゃんのおとなしめな性格。周りにいろいろ集まってきそうだがそうはならない。
 その原因となっている人物を見ると満面の笑みで美羽ちゃんを見ていた。やれやれ。
「おう、美羽」
 大樹の呼びかけに照れくさそうな顔をする美羽ちゃん。
「こ、こんにちわです」
 近くまでやってきてペコリとおじぎする。
「よっす、元気?」
 清水さんがフランクに挨拶。さすがに僕も挨拶しないわけにはいかない。
「こんにちわ美羽ちゃん」
「は、はい。元気です、こんにちわです奈織さん、コショーさん」
 おどおどとあわてて返事をする様子はどこか小動物みたいなイメージだ。二回こんにちわ言ってるし。
 美羽ちゃんとは結構面識がある。兄である大樹と友達であることも原因だが、僕が転校してきた頃、ある出来事で出会ったことも要因の一つ。あのときは大樹が大変だった。
「どう? 美羽ちゃんも一緒に食べない?」
 清水さんが気軽に食事に誘う。こういったことは僕にはなかなかできないな。
「い、いいんですか?」
 その誘いに笑顔になる美羽ちゃん。
「もちろんよ! 大樹がみんなの分運んでくれるから」
「ぬうっ!」
 そこで大樹へのフリ。清水さん計算高い。
「そうなの、お兄ちゃん?」
 くりっとした瞳が大樹へと向けられる。そんな瞳を向けられた大樹は――
「ああ! もちろんサ!」
 即答。こういうのって兄弟愛、なのかな。
「美羽ちゃんは何が食べたい? 今日は大樹がおごってくれるらしいから」
 清水さんの言葉に笑顔で冷や汗というおもしろい顔の大樹。美羽ちゃんがいる手前反論できないようだ。美羽ちゃんは少しの間うーんと考える。
「じゃ、じゃあオムライスがいいな」
「というわけだ大樹雑務」
「サー・イエッサー!」
 走り去る大樹。なんだかその背中が妙に寂しかった。今度何かおごってあげよう。
「じゃああいつが帰ってくるまで待ってましょ。ほら美羽ちゃんも突っ立ってないで座りなさい」
 策士清水さんにそう言われ素直に頷き僕の隣の席にちょこんと座る。
「……ふーん、美羽ちゃんも意外と積極的ねー」
 これまた僕の隣に座る清水さんから呟きが聞こえた。
「え、ええっ! なな、なんのことですか?」
 美羽ちゃんにも聞こえたのかあきらかに動揺していた。
「さぁてなんのことかしら? ねえコショー」
 意味深に微笑み話しかけてくる。けれども僕には全く話が見えなかった。
「うん? どういうことなの清水さん?」
 がくりと顔を下ろして呆れた顔をされる。
「あのね……。ああもういいや、言っても無駄だし。それならそれで……」
 そう言っていやらしい笑みを美羽ちゃんに向ける。それに対しビクッ、と反応する美羽ちゃん。
「ねえコショー、あたしたちはあんたのことあだ名で呼んでるのになんであたしは清水さんなわけ? 美羽ちゃんは名前で呼んでるじゃん」
 顔はそのまま視線だけをこちらに向けて問いかけてくる。その何か企んでいそうな表情にたじろぎながらも思考する。
「なんでと言われても……」
 やっぱり女の子を名前で呼ぶのは抵抗があるし。美羽ちゃんはなんだか子供っぽいから呼べるんだけど。
 さすがに本人がいるので答えられずにいると清水さんが口を開いた。
「うん、今日からあたしのこと奈織って呼びなさい。いい?」
「ええっ?」
 いきなりそう言われても、はいわかりましたとは言えない。なぜかと具体的に言えば恥ずかしいからだ。
「い、い?」
「は、はい……」
 有無を言わせぬ雰囲気でそう言われたら頷くしかない。
「じゃあ呼んでみて」
「えと……奈織さん」
「なんでさんづけなのよ。同い年なんだから呼び捨てでいいわよ」
「ええっ! あ、う……奈織」
「うん、よろしい」
 満足気な表情の清水さ、いや奈織。なんだか楽しそうだ。
「…………」
 それとは対象的に不機嫌そうな顔をしている美羽ちゃん。なにか嫌なことでもあったのだろうか。
「おお、い、お前ら……持ってきた、ぞと」
 そこへトレイを二つ片手にそれぞれ持って大樹がやってきた。すごいバランス感覚だ。
「つ、疲れた……」
「はいごくろーさま」
 軽い礼をして早速食べ始める奈織に合わせて僕も食べることにした。
「はい美羽のオムライスだ。味わって食えよ」
「……あ、うん。ありがとう」
「…………」
 心ここにあらずといった様子の美羽ちゃんのお礼に固まって涙腺が緩みだす大樹。これは同情します。
「ぷっ」
 噴き出しそうになりあわてて口を押さえる奈織。そんなにおもしろかったのだろうか。
 大樹は重い足取りで空いている席、つまり僕の対面に座った。そして困ったようにこちらを見る。
「な、なあ。なんでこっちには俺だけなのにそっちには三人もいるんだ?」
「ぷぷっ」
 奈織がこらえきれず笑い出す。知らないとばかりに目を合わせない美羽ちゃん。困る僕。
「…………」
 そんな微妙な空気の中食事は進んでいく。やっぱりミートスパはおいしいな。
「あ、コショーってば口のまわりにソースついてるよ」
「え、ほんと?」
 慌てて拭こうとすると奈織が素早くハンカチで僕の口元を押さえた。二度三度ハンカチが動いて口元を拭われる。
「はい、これできれいになった」
「え、あ、ありがと……」
 おせっかい好きとはいえちょっと今のはどうかと思うけど。まるでお母さんだ。ちょっと恥ずかしい。
「ふふっ、照れるな照れるな。顔が赤いぞ」
「ええっ? そ、そんなことないよ」
 は、恥ずかしい……。
「な、奈織さん! あんまりコショーさんをからかわないでください!」
 突然大きな声を出す美羽ちゃん。普段が普段なだけにびっくりだ。現に大樹も目をぱちくりさせている。
「あらら? 何かお気に召さなかったかしら美羽ちゃん?」
 わざとらしい口調で奈織が話しかけると今度は困ったように小さくなる。
「う、うう……。え、えと、コショーさんも高校生ですしそんなことは自分でやれると思います。そ、そうですよね? ……ね?」
「そ、そうだね!」
 すぐさま本能的に同意する僕。なんだ、今一瞬寒気がしたぞ。しかし美羽ちゃんはいつも通りの表情をしていた。気のせいだったのか。
「そうなのです! だからこれ使ってください!」
 そう言って差し出されたのはピンクのハンカチ。女の子が好きそうなかわいらしいフリルとデザインの。
「ええと、美羽ちゃんに悪いよ。大丈夫だから」
「いいえ大丈夫です。お気になさらずにどうぞ」
 無理やり持たされる。男の僕がこんなかわいらしいものを持つのには抵抗がある。
「ぷぷぷっ!」
 必死に口を押さえて笑いをこらえようとする奈織。
「み、美羽ちゃんおもしろすぎっ! あとそのハンカチ持っても違和感ないコショーもおもしろすぎっ!」
「ええっ! そんなばかな」
「いや、違和感ねえな」
 大樹にも同意される。僕すっごく落ち込む。
「さあどうぞお使いください! なんなら、そ、その、美羽がふいてあげます!」
「そ、それじゃあ本末転倒じゃないの?」
「待て美羽! それなら俺にも!」
「お兄ちゃんは黙ってて!」
「ぷぷっ! あはははは!」
 そんなこんなで昼休みはあっという間に過ぎていった。
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