ブラッディクロス

□エピローグ
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   エピローグ なるがままに


 あの夜から三日後。つまり月曜日。また今週も勉学に励まなくてはならない。
 たとえ二日間一歩も外に出ずに傷だらけの体を治療してようやく治ったとしても。通学路を心なしか重い足取りで進む。
「うーん。カリナが意地悪せずにぱっと治してくれたらよかったんだけど」
 大きな傷は魔術によって治してもらったが、あちこちにある切り傷や全身の痛みは治してくれなかったのである。いわく力の使いすぎでこれ以上はまだ魔術を使えないから、と。
 僕はベッドに寝させられカリナによる一般的な治療、消毒とか包帯を巻くとか、をされ続けた。なぜだか治療のはずなのに何度か痛い思いをした。
「どこまでが本気だったんだろう。なんだか八つ当たりされていた気も……」
「ん? なにか言った?」
 隣で微笑むカリナにいいえなんにもと答えこっそりとため息をつく。
 結局僕は再びこの場所へ戻ってきてしまった。あれだけ意気込んで出て行こうとしたのになんだかお間抜けな結果だった。
 どうしてこんなことになったかというと二日前のカリナとの会話からだ。


「というわけでコショーはここに残ることになりました」
「どこがというわけなのか説明がないんだけど?」
「細かいわよコショー。男ならいちいち気にしない」
「気にするよ! だから僕はここに残る気なんか」
「ほんとにないの?」
「うっ」
「コショーはここにいたいんでしょう?」
「それは、そうだけど……。でも僕はみんなを巻き込みたくない。昨日だって奈織をあんな危険な目に遭わせてしまったのに」
「でも無事だったでしょう? あなたが助けたから」
「それは結果そうなっただけでもしかしたら死んでたかもしれないんだよ?」
「もしなんて考えないでいいのに」
「考えます! また同じようなことが起きれば」
「だったら起こさなければいいわ」
「そんなの……」
「不可能じゃない。あなたが起こさせなければいいの」
「そんなこと僕には……」
「できる。あなたならそれができる。今できないのならできるようにすればいい。強くなればみんなを守れるわ」
「強く、なれば……」
「私もいるしね。強くなりたいのなら私があなたに手ほどきしてもいい。どう? コショーはどうしたい?」
「僕は、正直みんなを傷つけたくない。だからここを出て行く決意をした。でも、やっぱり僕はここにいたいという気持ちがある。みんなと離れたくない。ずっとここにいたい」
「…………」
「もし強くなることでみんなを守れるんなら、僕は……ここに残りたい。わかったよカリナ。僕は心からここにいたいと思っている。これが自分勝手なことだってわかってても僕はそうしたい」
「決まりね」


 二日前の会話を思い出す。最後に浮かんだ笑顔からうまいことカリナに誘導されていたような気がした。
 でも、それでも僕は選んだ。ここに残ると。今度こそ嘘偽りの無い本当の気持ち。
「カリナ」
 隣にいる不思議な少女へ話しかける。少し照れくさいので顔は前を向けたまま。
「どうしたの?」
「ありがとう。僕の我がままを聞いてくれて。僕は大切な友達を守りたい。そしてカリナも僕の大切な友達だよ?」
 僕の言葉にカリナが息を呑むのがわかった。
「……二人して、まったく」
 ぼそぼそとカリナが何かを呟いたが聞き取ることはできなかった。
「あーあ。なんだかコショーには困らせられっぱなしね」
「ええっ? 僕やっぱりカリナを困らせてる? ご、ごめん」
 僕の謝罪になぜだかニヤリと笑みを作るカリナ。
「ええ。私とっても困ってるわ。だから責任取って」
「責任といわれても……。まあ僕に出来ることなら」
 今まで散々カリナにはお世話になりっぱなしだった。ならこちらからもそれに見合うお返しをしなければならないと思った。
「うーんと、そうね。じゃあキスして」
「え?」
 あまりに予想外すぎて間抜けな返事をしてしまう。
「き、キスってあのキス?」
「そう。私とっても困っちゃたからキスして」
「いや、あの、それは……」
 反応に困る。ええとつまり、どういうこと? なんでキス? もしかして僕に、なんてことはないだろうから僕の反応を見て楽しんでいるのだろうか。それともカリナは外人さんだからそういうことは挨拶みたいなもんで――
「ふふふ。コショーはほんと意気地なしだね」
 こちらに思考する間も与えぬようにゆっくりとカリナの顔が近づいてきた。まずい。これってまずいんじゃないのか。でも視線はカリナから外れなくて、体は神経が切れたかのように動かなくて、ゆっくりとカリナとの距離が近づいていく。だんだんと迫るカリナのつややかな唇に目が離せなくなって――

「ちょおっとまったー!」
 背後からの大音量に体が反応。カリナから離れるように飛び退いた。
「い、いきなりこんな場所で何しようとしてんのよ!」
「ななな! 何をしようとしてたんですか!」
「コショー……。俺は自分を主人公にしなかった神を恨むよ」
 お馴染みの三人がそこにいた。一人は江戸時代からタイムスリップしてきたかのように騒ぎ、一人はなんだか泣きそうな怒ったような顔をして、一人はどこか遠い目で僕を見ていた。
「カリナ! あたしの目が黒いうちはコショーに手出しさせないわよ!」
 奈織が今日も元気いっぱいに叫ぶ。奈織には大した外傷もなく、毒も完全に解毒されていたようで気を失っているうちに部屋へと運んだのだった。その時カリナが記憶操作を行ったらしくあの夜の出来事は覚えていないらしい。
 そんないつもと変わらず元気そうな奈織を見て僕は安堵した。
「あ、あの! そ、そーいうのは両者の合意の上で行うべきだと思います!」
 珍しく美羽ちゃんまでもが声を荒げて主張する。どうやらそういった行為はまじめな美羽ちゃんにとって許せないものらしい。
「えー。ちゃんと合意の上だったわよ。ね、コショー?」
「ええっ? ち、ちが」
「ちょ、コショー?」
「こ、コショーさん?」
「おお神よ。この男どもの敵に今こそ天罰を!」
「待ってよ! だから違うって!」
 三人にもみくちゃにされてしまう。それを見ながらカリナが軽く舌を出していた。
 ああ、またはめられたー!
 いまさらながらそんなことに気づくがもう遅い。学校までの道のりを今日も騒がしくみんなで歩く。
 いつもの日常。どうしようもないほど愛おしいもの。もしまたこの平和が壊されようとするなら、僕はそれに抗おう。
 たとえそれが僕が原因で起こることだとしても。僕がいるせいでそんなことになったとしても。
 僕はここにい続ける。みんなとここで一緒に歩み続ける。
 そのために力が必要ならば僕は喜んで力を身に着けよう。強くなりたい。僕が招いた災いからみんなを守るために。
 僕は自分の我がままを貫き通す決意をする。
 そんな中、僕の頭の中で声が響いた気がした。

『お前は今幸せを感じているか?』

 僕は周りで楽しくはしゃぎあっている大切な友達たちを見ながら微笑んだ。

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