ブラッディクロス

□六章
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   第六章 それぞれの願い


 今でも私はあの日のことをはっきりと思い出すことが出来る。
 あの日はちょうど今日のようにどんよりと闇に沈んでいた。違うのは体に突き刺さるような雨が降っていたことだろうか。
 それはとてもひどく冷たくて、私の心は海の底に沈んでしまったかのように静かだった。
 暗く照らす街灯。闇の中でぼんやりとあいつはいた。
 今にも死にそうなくらい顔を青白くさせて。生きているとは思えないくらい表情が死んでいた。
 いつもの無表情とは違う。そのことに気がつけたがそれだけ。私にはどうすることもできなかった。
 虚ろに淀んだ目が私を見た。それが私だときちんと認識できているのかも分からない。しかし彼は私だと分かって口を開いた。
 ――殺してくれ、と。
 小さな、しかしはっきりとした声で。
 それが私の心をさらに奥深くへと沈ませていく。
 もうわかっていたことだ。私では支えることなどできないと。彼の支えはあの女だけだったのだと。私では代わりになどなれない。誰にも代わりなど務まらないのだ。
 わかっていた。だから嫉妬も憎しみも湧かなかった。あるのはただの諦め。どうしようもない現実。何も出来ない自分を嘲笑することさえ出来なかった。
 だから、私は言った。あなたの望み通り、私が殺してあげると。
 自分がどんな表情で、どんな声でその言葉を告げたのかはわからない。もう覚えていない。けれどそのときのあいつの顔は覚えている。
 それを見て私は決意した。私の人生を変えたこの男に、いつも冷徹で身勝手で、それでも憎めないこの男に、私は――
 暗く淀んだ頭はそれでも手際よく魔術式を組み立てる。込められた魔力により発動した魔方陣があいつを囲む。
 今のあいつの状態なら私の魔術も効力を発揮させるはずだから。
 さよなら、と一言。返事はなかった。
 淡い光を発していた魔方陣が一瞬強くなり、消えた。そしてゆっくりと崩れ落ちていく。
 それが私の見た、あいつの最後。
 私がたった一度だけ――を裏切った日。
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