ブラッディクロス

□五章
1ページ/6ページ

   第五章 選択と決意


 重いまぶたを開けるとそこは見慣れぬ景色だった。きれいすぎて逆に冷たい感じのする白い天井。それを見ながら最近こういうの多いなと思った。気がつけばいつも天井を見ている。
「あ、起きたみたい。よかったよかった」
「やっとかよ。まったく心配させやがって」
 声が聞こえる。なんだかひどく懐かしく思えた。いつも聞いている奈織と大樹の声だ。
「一人だけ目が覚めないままだったから心配してたのよ? しかもずっとうなされてたし。コショー、気分はどう?」
 目線を動かして状況を確認。どうやらここは学校の保健室のようだ。それで僕はベッドに寝かせられていると。隣には奈織と大樹が立っていた。安心したように笑っている。それを見て僕は安堵した。どうやらみんな無事らしい。
「うん。大丈夫。ちょっと記憶が曖昧だけど、僕はずっと眠ってたの?」
「ああ。ほんとは俺たちもさっきまで眠ってたんだけどな」
「そうそう。なんか学校中の人が眠ってたらしいのよ。眠ってたからわかんないけど話を聞く限りじゃ多分そう。で、みんな同じ時間に目を覚ましてるのよ。すごいよね、なんかの心霊現象?」
 どうやら魔術による意識の消失は騒がれてはいるようだがそれほど深刻視されていないらしい。
「なんかのガス漏れっていう説もあるけどな。まあ被害はないしたいしたことじゃないだろう」
「あんた一人が目を覚まさなかったのは問題だったけどね。びっくりしたわよ。先に目を覚ましたカリナが顔色が悪かったコショーを保健室に連れて行ったって言うから。で、来てみればなかなか目を覚まさないし。本気で心配したのよ?」
「うんうん。お前だけなんかのアルコール反応でまずい状態だったのかと」
「……アレルギー反応?」
「おお! それそれ」
 どこかで行われていそうなやり取りをかわし合う二人を見ながら自然と笑顔になる。この雰囲気がとても落ち着けるものだった。
「ごめんね二人とも。なんだか心配かけたみたいで。でもほら、もう大丈夫だ、し?」
 元気なことをアピールしようとしたら急に目眩が襲い掛かってきた。浮かしかけた体が再びベッドに着く。
「で、どこが大丈夫なんだ?」
「あ、あれ? おかしいな。あはは……」
 前にもこんなことがあったような。今日はデジャビュの多い日だ。
「うーん。まだ無理そうね。もうちょっと休んでなさい。どうせあと一時間も授業ないんだし」
「……うん、そうするよ」
 奈織の言葉に体の力を抜いて休める。まだ少し頭にもやがかかっている感じがする。
「じゃ、俺らはそろそろ行くな。また放課後来るからゆっくり休んでろ」
「保健室だからってあやしいことするなよー?」
「そんなことしません」
 大樹が手を振りながら、奈織はウインクして保健室を出て行った。足音が遠ざかるにつれてまぶたは自然と下がっていった。
 視界をシャットアウトして浮かび上がってきたのは時間的にはつい先ほどの出来事。奇妙な二人組みとの戦闘だった。まるで悪い夢でも見ていたかのような気分になる。
「……ほんと夢だったらよかったのに」
 あの声が、あの意志がまるで幻聴のように頭の中に響く。
 ――殺セ。
「っ!」
 思わず唇をきつくかむ。僕は何をしようとしていた? 誰に何をしようとしていた?
 ――殺セ。
 その言葉に僕は全てを、カリナも殺そうとした。なんて最低なんだろう。ただ殺したいと思ってしまった。それを実行に移そうとしていた。僕は今そんな自分が信じられなくて、そして許せなかった。
 あのときの僕はひどく狂っていて、ひどく興奮していて、ひどく楽しんでいた。人を殺すことに気分が高揚していた。
 ふと右腕を見る。そこにはナイフで開けられた穴などなくいつも通りの腕があった。それだけではなく体中の傷がなくなっていた。おそらくは治してくれたのだろう。右手にはまた包帯が巻かれていた。
「ほんとに、最低だよ……」
 誰に言うでもなく一人呟く。すると、
「……まったく、です」
「うわあっ!」
 突如近くから声がして驚きのあまり悲鳴を上げてしまった。目を見開き声の主の姿をとらえる。
「……いきなりうるさい、です」
「え、えっと……ふゆちゃん?」
 そこにいたのは昨日出会った美羽ちゃんの友達のふゆちゃんと呼ばれていた子だった。いつも通りなのかあいかわらずのぼんやりまなこが僕を見ていた。
「い、いつからここにいたの?」
 まったく気配を感じなかったんですけど。
「……あなたがここに運ばれてくるちょっと前から、です」
「そ、そうだったんだ」
 なんだか恥ずかしい。誰もいないと思って独り言呟いてたのに。穴があったら入りたい。むしろ自分で掘ってもいい。
「…………」
「…………」
 無言のふゆちゃん。それに対し僕も無言になってしまう。ふゆちゃんはこちらをじーっと見つめてくるだけ。僕もどうすればいいのかわからずふゆちゃんを見る。あちこちにはねまっくているくせっ毛がとても気になった。本人は気にしていないのだろうか。
「…………」
「…………」
 無言が続く。そろそろこの空気に耐えられなくなった僕はとりあえず口を開くことにした。
「えーっと、ふゆちゃんもどこか具合が悪いの?」
 見た目病弱そうなイメージがあるのでここにいても違和感がないかもしれないと思った。しかしゆっくりと首を振られる。
「……ちょっと疲れたから、です」
 それは具合が悪いっていわないのだろうか。
「そうなんだ。寝不足とか?」
「……夜更かしには慣れてる、です。ただ、今日は無駄な体力を使ったみたいだから、です」
「? そうなんだ」
 意外と夜遅くまで起きているんだ。あと自分のことなのにどうして客観的なのだろう。もしかするとこれがこの子の表現方法なのかもしれない。雰囲気と同じく不思議な子だなあ。
 じっと見ているとふゆちゃんは首を傾げながら僕へ話しかけてきた。
「……あやしいこと、するんですか?」
「し、しないよっ!」
 どうやらさっきの奈織の発言を聞いていたらしい。純粋にそう聞かれると困る。ふゆちゃんは冗談が通じなさそうなタイプかもしれない。
 二人っきりの保健室に微妙な沈黙。なんだかいたたまれなくなった僕は誤魔化すように話しかけた。
「もしかして邪魔しちゃったかな? だったらすぐに出て行くけど」
 するとまたもゆっくりと首を振り否定の合図。
「……あなたに聞きたいことがあるらしい、です」
 ふゆちゃんの独特な言葉使い。とりあえず僕に聞きたいことがあるってことでいいんだろうか。
「えと、何かな?」
 不安を与えないように笑顔を作る。一体どんなことを聞かれるのか予想できない。
 だがその質問はあまりに予想外だった。
「……あなたはここにとどまり続けるつもりか、です」
「え?」
 そう聞かれたとき何か体の中に冷たいものが通り過ぎたように感じた。
 それは一体どういう意味で、と口を開こうとするが先にふゆちゃんが話し始めた。
「……答えは求めていないよう、です。ただよく考えてほしいということ、です」
 僕がなにも反応できないでいるとふゆちゃんは現れたときと同じく消えるように保健室を出て行った。
 今度こそ僕一人。誰もいない孤独な空間で今の質問が何度もリピートされた。
 ここにとどまり続けるつもりか。
 それが一体どういった意味で言われたのか。僕はまるで自分の罪を宣告されたかのようにただ固まっていた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ