ブラッディクロス

□プロローグ
1ページ/1ページ

   プロローグ アカイユメ


 雨が降っていた。
 とめどなく降り続けるそれは全てを洗い流すように体を叩く。
 しかし真っ赤に染まった世界は流れ落ちることなく形を保つ。それはまるで希望を打ち砕くように。
 赤いのは倒れ伏した彼女か、それとも自分自身か。
 わからない。視界は全てが燃えるように赤く染め上げられていた。
 苦しい。息が詰まる。心臓は狂ったように跳ね回っている。
 どうして、と口から言葉が漏れた。
 視線の先にはこの世界よりも真っ赤な十字架。深紅色のそれは彼女の腹部を貫き凄然と直立している。
 貫かれた場所からは止まることなく血があふれ出ていた。血だまりの量からすでに彼女の命が助かるものではないとわかる。
 口から血を流しながら彼女の目はこちらを見つめていた。そこには死に対する恐怖も、苦痛に対する狂気も宿ってはいなかった。あるのは優しい眼差しだけ。
「――――」
 彼女はゆっくりと口を動かして何かを呟いた。しかし何を言ったのかは理解できなかった。
 徐々に生気を失っていくのがわかる。可憐な顔立ちは病的なほど白くなっていた。
 見ていられない。顔を背けたい。でも、できない。彼女はずっとこちらを見ているから。死にゆく中でずっと微笑みかけているから。
「――――」
 再び口を動かして彼女の瞼が静かに閉じていく。雨にぬれた顔は穏やかでとても美しかった。
 消える命。それを見届けながら世界が暗くなっていくのを感じた。
 視界はゆっくりと黒く染まっていく。雨音だけがノイズのように聞こえている。
 ザ――
 ザ――
 これで何度目だろうか。一体この夢はいつになったら終わるのだろうか。
 何度見ても彼女はこうして死んでいく。見ず知らずの、しかし心に何かを訴える彼女は一体誰なのだろうか。
 一体この夢は誰の夢なのだろうか。
 雨音がゆっくりと消えていく。薄れゆく意識の中、夢の終わりが近づいているのがわかった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ