story

□露草
1ページ/1ページ

「……」

怒られた。突然。
訳が分からず呆然とその場に立ち尽くして、目の前にいる少年を見た。その表情は未だ強張っていて、私を嫌悪するように睨み付けている。いや、正確には私が右手に持っているもの、小さな白い花が散りかけ、実がつく木の枝だ。

…ただ、これを見せたかっただけなのに。

意味が分からないことに対する僅かな苛立ちと、突然彼にそんな態度を取られた落ち込みが入り混じって頭が困惑する。次第に目頭が熱くなる。ギュッと唇を噛み締めてそれに耐えれば、表情が強張って必然的に彼を睨むような顔になった。それにますます彼の顔は険しくなる。悪循環。
ああもう嫌だ。
ゆっくりと目をそらして足元を睨めば、不意に右手に持った木の枝が彼に奪われた。


「!」
「お前、本当に何にも知らねえのな」
「な…っ」
「毒、あるんだよ。」
「…!」
「花は綺麗だから鑑賞価値はあるんだけどな。実は人間が死ぬほどの猛毒だ。」


だから戻してこい、と。彼は私から取り上げた枝を私に戻した。彼の蒼い瞳が、ゆらゆら揺れる。


「そしてその木があった場所には近付くな。」
「何で…」
「何でもだよ!」
「!」
「ったく!面倒くせえなバカ!」
「……!」


ああ、また怒る。
そう思った途端に腕を勢い良く引っ張られた。驚いて彼を見るが、私の気なんて知らずにどんどん歩いていく。
そうして辿り着いたのは一つの木の前。それは私が少し前に訪れて枝を取った木だった。
何で分かったのだろう?
驚いてただその背を茫然と見ていれば、彼はポツリと言葉を紡いだ。


「樒…」
「しきみ…?」
「寺にある木だ。墓前に飾るために。」
「!」
「…さっさと枝置けバカ」
「わ、分かったよ…」
「………」


睨み付ける彼に急かされ、それを木のそばに置く。すると彼はさっさとその場から去りだした。
チラリと見た横顔が、悲痛だったのを覚えてる。

きっと、思い出させてしまったのだろう。

寺で育てられる樹木。毒の実。死者に捧げられる花。連想される、失われたもの。


「………」


彼はあの人が大好きだった。
親のように慕い、またあの人も彼を子のように愛でていた。あの人は優しかった。天座と呼ばれ、森を統率し、彼らを守っていた。あの人の元での生活は、とても穏やかだったのを覚えている。
だから。
あの人を失って、毎日泣き叫びながら彼はあの人を探し続けた。あの日々も総てが愛しく恋しかったのだろう。
彼は日が経つにつれ落ち着いていったけれど、それだけ心を削いでいたようにも思えた。
あの人の代わりに天座になった梵天も。




あの日の悲劇は毒の実だ。それも猛毒。
彼らの心をジワジワ削ぎ落としていった。今もなお、それは続いているに違いない。

美しい花を魅せながら、散った後に孕むのは毒の実。
キラキラ光ってる追憶は今は散り去り、残るのはどす黒い泥ついた感情。





「解毒薬があればいい…」





早く彼らを解放して。








******

20091230
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ