story

□イタチ
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1・私が見た彼
彼から目を離さないで。理由は単純。彼は死にたがりだから。
そう小南とペインから聞いたのは、ほんの小一時間前の話だった。
その彼がこの組織にやってきたのもほんの二、三時間前。
チラリと見たけれど、まだたったの十三歳の子供だった。

そんな子供が、自殺志願者。
噂じゃ同胞殺しだなんて聞いていたのに。

「……」

殺し、と。頭の中で反芻して、ふと思考を巡らす。
――大抵、人殺しの理由は大きく分けて2つだ。対象が自分、或いは害されては困るものを害しているため。もう一つは単純に力を誇示するため。
犯罪者と呼ばれるものはほとんどが後者だ。
…ただ、過失と云うのも状況によってはあり得るだろうけど。
でもそうなると彼は力と悦楽に貪欲な犯罪者≠ナはないのだろうか。では何故殺したのだろう?なんて矛盾してる。

でも少ししてリーダーにつれられてきた少年を見て、その疑問もすぐに解消された。その理由に気付くなんて、つくづく私も犯罪者になりきれてない。

「…うちはイタチだ」
「はじめまして、」
「………」

暗部装束に身を包んだ少年。
疲れきった色を必死に噛み殺して、私の前に対峙するように立つ。
嗚呼、今にも倒れてしまいそう。
彼を正面から見た最初の印象はそれだった。
表情からはごっそりと生気が抜け落ちてる。
黒い瞳はひたすらに深く、底無しの沼のようだ。

――それが連想させる、死者。

しかもこういう目は知ってる。こういう視線は何度も向けられたことがある。最近見たのはいつだろう?確か、一週間前の任務。
役目を終えずに、任務で死んでいく忍の目だ。

私は表情に笑みを貼り付けて、バカみたいに「よろしく」なんて握手を求めた。



2・彼の前歴
それは総てに置いて失望しきってるように思えた。
どこが、とはわからない。
ただそう漠然と思っただけだ。
彼は戦い方や戦略、任務においては確かに無駄一つなく、能力は高い。
忍としては一流で、ミスなんて言葉とはひどく縁遠い存在だった。
傷なんて、つけて帰ってきたことがない。
けれどもどこかしかで生きることを諦めてしまっているように思えた。
初めて会った日に見た暗い淵の瞳は、彼の感情そのもののようだった。
そしてようやく私は私が見張りに選ばれたわけが分かった。
彼は確かに死にたがりだったのだ。



3・彼の疵痕と弟
自殺未遂。或いは単なる自傷。腕から血を流す彼を見つけたのは、真夜中のアジトでのことだ。
慌てて包帯やガーゼを携えてきた私に、彼は「脈は避けてる」と冷め切った顔で言った。それは確かに「死ぬつもりはない」と云う、ボーダーラインを引いた言葉だった。
それに何故か安心した心持ちで彼の手当てをする。
傷口にガーゼを当て、真っ白な包帯を無心で巻いていれば、ふと、彼は口を開いた。

「里に、生きてる弟がいる」と。

あまりに突然過ぎたから、少しだけ間をおいた後に「きっと貴方に似て優秀でしょう」と返した。
すると今度は彼が驚いたような顔をして、少し間を置いた後に「オレと違ってだ」と小さく返した。
その時の表情はよく覚えている。
かすかに微笑むその顔は、罪人がしてはいけない、優しげなものだった。



4・彼と私の関係
彼とはその日以来よく話すようになった。彼はよく弟の話をした。私は、家族のことはよく覚えてない。だから彼から受けた母親や父親の印象から、「こうだったらいい」という願望を話した。
彼は笑わない。代わりに、たまにだけどひどく小さく微笑んだ。優しい温かい笑みだった。私は彼のそんな笑みが大好きだった。
しかし同じくらい、自傷もするようになった。
そのたびに彼は言う。
まだ、死ねないと。



5・最後に
前置きが長くなりましたが、私は貴方が好きでした。私が見た貴方が総てであるとは思いません。ただ私が見た貴方の片鱗が、確かな貴方の真実であると私は思っております。短い時間に貴方と過ごせた日々を充実したものと思います。
血腥い世界で出会ったことが少々残念ですが、貴方という存在を知ることができた私は確かに幸福だったことでしょう。
輪廻という言葉をもし信じることができたなら、是非とも来世は陽向のもとで。

さよなら。










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20091229
 

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