泡沫−ウタカタ−

□消滅悲願者
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嫌い、嫌いだ。大嫌いだ。
視界に映るもの全てが煩わしくてたまらない。
理由なんてそんなもの知らない。
窓ガラスに映る自分の黒髪も黒眼も顔も腕も足も全てが全て。
グチャグチャに引きちぎって灰にしてしまいたい。
ああもう消えてしまえばいいのに。
泣きたいような悲しさと、ぶち壊してやりたい怒りと憎しみと、得体のしれない感情を一つの鍋でドロドロに煮込んだみたいだった。

それにむしゃくしゃしてつい近くにあった花瓶を壁に投げつけた。
聞き慣れた破砕音が部屋に響き渡る。


「やだな。ご乱心?」
「……」


すると頭の片隅で予想してた通りに、案の定音を聞きつけた人間がやって来た。それすら鬱陶しくて苛々する。一瞬殺してしまおうかとクナイに手を伸ばす。しかし思考の大半を占める理性によってそれは阻止され、背後に感じた気配に緩慢な動作でそちらを振り返った。
…部屋の入り口で壁に寄りかかった瞳が気だるいそうにこちらを見る。最近ようやく見慣れたその顔は、たぶん入ったばかりのこの組織では一番交流がある人物。


「あーあ、花瓶割っちゃって。」
「…何か用ですか」
「腕、切れてるよ」
「……」


つい、と。指差す先にあるのは赤。腕から一筋線を引いて床に落ちる。
それが余計に不快で不快でたまらない。
肉を切る感覚だとか、骨を砕く音だとか、血の匂いだとか、それに叫び声に悲鳴。一週間は経ったはずなのに、何故こうも綺麗に思い出せるのだろう?
腹の底から蘇る記憶に熱が喉元まで戻ってくるようだ。気持ち悪くてならない。
ああでももう何度も吐いたか。吐くにも胃が空っぽだ。最近はまともにものも食べてない。それがいっそう不快でならない。


「いい加減食事くらいとったら?このままじゃ死ぬよ?」
「……」
「……、一族殺した子供って聞いて…一体どんな気が触れた人間が来るのかと思ったら、ただの発狂しかかった坊やなわけ?」
「……」
「ああもう!少しは何か言ったら?聞きたいこともないの?」


聞きたい、こと?
ふとしたように考えて、今胸中を占める破壊衝動とも自己嫌悪ともつかない感情から目をそらした。
そしてその人に視線を向ける。
同時に合う視線に、かすかに怪訝そうな瞳が向けられた。感情が読み取れない波紋一つない湖面のような眼は、気味が悪いくらい落ち着いていた。
そしてそれに問いかける。


「貴女は何したんですか」
「何?」
「何をして、犯罪者になったんですか」
「!」


かすかに震えた瞼。
丸くなる瞳に、奇妙な優越感と好奇心を誘われた。そして僅かな間をおいて、その人は大袈裟に息を吐き出す。ただ何も言わずに答えを待てば、かすかにトーンを落とした声が言葉を紡いだ。


「…人間に戻りたかっただけだけど?」
「……!」


ニンゲンにモドル?
今ここにいる俺とこの人が人間じゃなかったら何だっていうんだ。
意味が解らなかった。
いまいちしっくりこない答えに眉をひそめる。
でもグサリと何かが突き刺さった気がした。重苦しいそれに吐き気が増す。たまらず視線を足元に落とせば、クスリと笑う声が聞こえた。


「里の道具には成り下がりたくないって話だよ」
「!」
「アナタもそうでしょう?だから里から出たんじゃないの?」
「……どうだろう、」
「ははは!だよねえ。じゃなかったら一族殺して自棄起こさないもんねえ?」
「……!」
「君の顔はよく知ってるよ。私がよく見てきた顔だ。後悔に取り憑かれてる自殺志願者の顔だよ。」
「そう、ですか」
「…同情はしない」
「愚問ですよ…。」
「つまらない答えだね」
「けれど、」
「!」




「自殺なんて温いものではなく、徹底的に跡形もなく消えてしまいたい」



アナタは俺を消してくれますか。
そう問うてみればあの人は笑いながら言った。





「まず君に必要なのは、君が本来の目的を思い出すことだね」






消えるよりもやるべきことがあるでしょう?






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病み期な兄さん到来←
兄さんはあの夜から立ち直るまでに時間がかかってたらいい。



20091204
 

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