story

□梵天
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暗い面差しで目の前に立つ彼に首を傾げた。月明かりにひやりと冷たく光るその唇の金飾りに、グサリと胸を刺されたような錯覚を覚える。ああ、珍しい。いつも過剰なまでの自信を持つ彼が、こんな情けない顔を晒すのは私には至極貴重でならなかった。なんて思ってしまうのは失礼極まりないことだけど。

「今…ずいぶんと失礼なことを考えていただろう」
「あれ…わかる?」
「君はすぐに顔に表れる。」
「あははは、じゃあ直さないと」

心にもないことを。そう彼は眉をひそめたけれど、私は特に気にするわけでもなく笑って流した。夜風が冷たい。

「そんな顔して、怖い夢でも見た?」
「……一体俺を何だと思ってるんだい?」
「情けない顔してたくせに」
「寝ぼけてるのかい?それとも鳥目?」
「鳥目はそっちでしょ」
「そういう偏見に捕らわれた見方をしていると視野が狭まるよ。まったくもって嘆かわしいね。」
「はいはい」

ザラザラと乾いた風に髪が揺れた。そのたびに鈍く光る金飾りに目がいく。綺麗に弧を描く唇が表情に笑みを描いていた。そんな彼の笑みを茫洋と眺めて、視線をそらす。
時折彼を見て抱く虚しさは、私が未練を抱く証だろうか。
長寿である妖にとって、決して遠くはない過去。失い変わったものは大きく、私だけがきっと取り残されている。彼らは私の前を歩く。未来を見据える。先を行く。
私は彼らの背中を眺める。過去を見つめる。歩を止める。
ふと見かける姫巫女に、今は亡き大蛇の面影を求めた。昔の面影を無理やり捨て去った小鳥は翼をもぎ取り、天狗となった。変わるもの。代わるもの。私だけが動けない。

「…そういう君こそ」
「!」
「情けない顔してるよ」
「鳥目だからそう見える」
「口が減らないね」
「はは」
「………」
「……、でも、互いに取り残されるのが不安なもの同士なんだから」
「君だけだろう」
「どうだろう?」
「………」
「でもどちらにしても、私はあなたを置いていかないよ」
「…守れない約束はするものじゃないよ」
「白緑様を思い出した?」
「うるさいよ」
「………」
「………」
「でも代わりに」
「!」
「私はあなたや露草を連れて行ってしまうかもしれないよ?」
「!」
「独りには、しないから、ね」
「…っははは!上等じゃないか」
「………」


笑って、笑って、笑って。
夜が明ける。
朝日に照らされる影は決して一つになりはしない。今までも、これからも。
孤独な思いはさせはしない。
代わりに私もするつもりはない。
だからついていくよ。
ついておいで。

妖の契りは絶対だと教えてくれたあの方の言葉を、私は守るから。


20091031

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