泡沫−ウタカタ−

□拝啓、父上
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例えばの話をしよう。
これは誰かの夢であり現実で、しかし幻影でありながら確かにそこに存在している。
そんな曖昧模糊な世界は今にも崩壊してしまうだろう。
そして君がそんな世界の住人だとしようか。

そんな君はもちろん夢の中の登場人物。
君も、その周りにいる人間も。
誰もが誰かの夢の中の登場人物で、けれども確かに存在している個であるとする。


「そのときは何を望む?」


思いつきの空想。
下らない、詰まらない、例えばの話。
興味本位の問いを唇が紡げば、詰まらなそうな声音が言葉を紡ぐ。


「他人の夢の登場人物が自己を持っているのかい?」
「そう、物語の登場人物には皆平等に本人視点が書かれているでしょう」
「おかしな話だね」


では君は何を望むんだい?


クスリと笑う。
問いに答えず、逆に問い返す。
嗚呼、相変わらず誤魔化すのが上手いな。
笑った瞳に笑い返せば、一瞬だけ丸くなる瞳。
それを視界に収めながら、ああ、いつ見ても綺麗な瞳だなとぼんやりと思った。
そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。


「禁忌を望む」
「禁忌?」
「そう、誰かの夢なら、目を覚ましてしまえば、それは無に帰る」


だから終焉はいつでも訪れる。
何度も輪廻を繰り返し、そのたびに禁忌を重ねる。
けれども崩壊していく世界は罪を容易に帳消しにし、また新しい世界を作り出す。


「だから幾度も罪を重ねる」
「フフ、それでは君は今も禁忌を犯しているのかい?」


からかう言葉は皮肉にも、的確に的を射ている。
そうだね。これは禁忌だね。
抱く感情は異常で、願う心はひどく歪。
どこまでもどこまでも屈折し、歪曲だ。
だからこそこれが他人の夢であればいいと願う。
目の前の彼に手を伸ばし、そっと額を胸に寄せた。



「消えてしまえばいい」
「私が、かい?」
「いえ、私が」
「はは、親より先に逝ってしまうなんて、赦さないよ」
「そうね」


ダメだ。
やはり悲しいだけ。
こんな感情を抱いている登場人物なら、さっと夢から目覚めて抹消してくださいな。
ああほら、また、泥ついたモノがこみ上げてくる。
けれどこれが禁忌ならば、なんて甘美なものだろうか。




拝啓、父上

貴男が愛おしくてならないのです。



20090809

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