story

□紺
1ページ/1ページ

特に意味はなく。ただなんとなくそこに彼がいて、畳にうつ伏せになって本を読んでいたから。そばに意味もなく腰を下ろした私。視界に映る彼の髪が長かったから。だからなんとなくその結うには難しい長さの髪を弄って遊んでいる。途中お腹が空いたなあなんて思いながら、何か作ってくれはしないかとさり気なく主張してみたり。

「腹減ったならそこにこの間もらった饅頭があるだろ」
「えええ」
「何だよ、饅頭じゃ不満か?だったら煎餅が棚の中に…」
「えええええ」
「………」
「そんな既製品じゃなくて、こう、手作りのできたてが食べたいなあ。できればお菓子とか。」
「お前な。鴇みたいなこと言うな」
「私だって鴇と同じ気持ちになるときがあるさ」
「気色悪いシンクロだな」
「し…辛苦…露…?」
「いや、何でもねえ。」

何なんだ。まったくもう。意味の分からない単語を述べた彼は、仕方ねえなと先ほどまで読み漁っていた本を放り投げる。そして突然起き上がるものだから、指に絡ませていた彼の髪を必然的に引っ張ってしまうわけで。

「いででででで!」
「ああ、急に起きあがるから」
「お前のせいだろお前の!」
「苛々するのは体に良くないんだよ。知ってた?」
「誰のせいだ!髪離せ!」
「仕方ないなあ」
「…お前な…」

ピクリと引きつる彼の頬。さすがに怒らせたかなと謝れば、舌打ち一つして彼は立ち上がる。そしてそのままスタスタと歩いていき、ちょうど入り口でピタリと止まった。

「?篠ノ女さーん?どうしたんですかー?」
「お前が何か食いたいって言ったんだろ!ほら!早くこい!」
「え?」
「買い出しに行くんだよ!さっさとしろ!」
「ああ…そっか」

よっこらせと立ち上がる。フラフラと歩いていけば、彼はほんの少し眉をひそめた。けれどもかまわずにじゃあ行こうと歩き出す。すると後ろから頭を叩かれた。

「女の子に手を挙げたらいけないんだ」
「安心しろ。お前はすでに人類という規格から外れてる。」
「わあ、すごいねえ」
「わーすごいなあ」
「………」

互いに言って、顔を見合わせて思わず吹き出す。
ああもう本当に。
あまりに些細でつまらないやり取りが楽しくて仕方がないのは、彼が相手だからだろう。

隣を歩いているだけで満たされる。





**********
篠ノ女とは日常的なじゃれあいが楽しいと思う。

20091012

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ