おはなし

□落日の来訪者
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「ぎ、ぎゃあああああああっへ、変態!変態ーー!」
「な゛」

それはもう力の限り腹の底から叫んだと思う。ジタバタと無我夢中で手足を動かした。すると相手もさすがに驚いたようで。騒がれては困るとでも思ったのか口を塞がれてしまった。それに余計に抵抗する意志に力が入る。

「チッ…静にしろ!」
「なっ」
「黙ってオレの話を聞け。そしたら何もしねえ。」
「…、…っ」
「次騒いだらぶっ殺すぞ。わかったら静かにしろ。」
「っ!?」

ピタリと素直に動きを止めた。さすがにまだ死にたくない。相手の言葉に何度も頷けば、口を塞いでいた手がゆっくりと離れた。途端に一気に口から肺に空気が流れ込み、それを吐き出すように言葉を紡いだ。

「あ、あああああなた何なんですか!泥棒ですか!うちには何もありませんよ!」
「うるせえ!」
「っ!」
「ったく…とんだミスだな…。こんな五月蝿い女に目を付けるなんて…」

最悪だ!とその人は私から目をそらした。ああ自分からこんなことしといてなんて失礼な。すぐさま起き上がり少し表情を歪めれば、再びチラリと向けられる琥珀の瞳。それに慌てて顔をそらした。

「………」
「…な、何ですか」
「………」
「?」

何やらじっと睨むようにその瞳はこちらを見る。それについ耐えられず口を開けば、今度はふいっと彼が顔をそらした。もう、一体何なんだ。

「あの、」

眉をひそめながらもいつまでもここにいられては、と思い声をかければ。

「え、ちょっ…ええええっ」

一体本当に何なんだ!
ぐらりと傾く彼の体。何かと思ったらそのままバタンと倒れてしまった。



+++++



とりあえずずるずると引っ張ってソファーに寝かせて毛布をかぶせた。正直こんな得体の知れない人の看病なんて気が引けたけど。しかし放っておくこともできずにそうしていれば、彼はすぐに目を覚ました。そして起きて早々一言。

「腹減った」
「はあ?」

何それ空腹で倒れたってこと?表情がついひきつる。しかしまた変なことをされては困るとキッチンに向かいお粥を作った。が。

「お前バカか。」
「何ですかいきなり」
「こんなもん食えるか」
「食べられないわけがないでしょう。お粥ですよ」
「オレの食いもんじゃねえんだよ、こういうのは」
「はあ?」

言っている意味がわからい。訝しげに首を傾げてみれば、何故がちょいちょいと手招きされる。ワケがわからないまま近づいてみれば、不意に服の襟元を掴まれ強引に引っ張られた。すると必然的に至近距離になる彼の顔。首筋の辺りに吐息がかかり、思わず息を呑んだ。

「な、なな、なに」
「………」

一気に鼓動を速める心臓に言葉がうまく紡げない。混乱しながら体を離そうとするが逆にぐっと引き寄せられ、ますます訳が分からなくなる。

「…前向け」
「え?」
「じろじろ見んな」

ああもう!一発殴ろうかと拳を握り締め、しかし一瞬にしてその拳は緩む。
ぷつりと、奇妙な感覚が首筋に走り続いて痛みがじわりとやってきた。
予想も何もできないその状況に頭の中が真っ白になる。


「…これでもう少し美人なら申し分ねえんだけどな。まあいいや。お前で我慢してやるか。」

いい味してるし。と。
口元に微量の血液をつけた彼は言う。首筋には生温い感覚とチクリとした痛みだけが取り残された。

コイツ、今何したの。


「っ警察!警察警察警察ー!」
「あ?」
「痴漢が出た!痴漢!ありえない!どんな性癖持ってんの!?サディストなんてレベルじゃない!」
「やめとけよ」
「なっ」


パシリと携帯片手に震える指先でボタンを押す私の手首は掴まれる。触るな変態!罵声を浴びせて振り払おうとするが、やはりびくともせず。



「まあ、楽しくやろうぜ…」
「………!」



妖艶な笑みを浮かべる彼に、血の気が引いたような体温が上がったような気がした。
こうして私の平凡な日常は終わりを告げた。



/end



++++++
前半シリアス後半崩壊の何とも言えない出来映え。
ハロウィンらしく旦那ヴァンパイアに挑戦しましたが惨敗に終わりました。

20091007

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