story

□すずめ
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自分の名を呼ぶ声に目を覚ましたのは、午後の暖かな陽射しと主人の柔らかな膝の上でのことだ。しかし簡単に起きてやる気もなく目を開けることなく声を無視する。すると声の主も意地になって俺を探しているのか、やたらと声を荒げて騒がしいほどに廊下を歩き回っているようだった。本当に騒がしい。安眠を妨げるそれに一瞬だけ眉を寄せて寝返りを打った。

「ほれすずめ、狸寝入りかの?」
「…あ?」

不意に頭上から降ってくる柔らかい声音に反射的に重い瞼を持ち上げる。見上げた先にある、口元についた金飾りの眩しさと眠たさに目を細めた。あーあ、気付いてたのかよ。包帯でぐるぐる巻きにされたその顔を見上げ、いいんだよと再び目を閉じた。そして尚も続いている自分を探し回る声が耳につく。

「いけない子だのお。あやつが探し回っておるというのに…、お主は私の膝の上で無視か。」
「だからいいんだよ。アイツとは血なまぐさい仕事場で顔合わせてんだから。仕事ない日まで顔を合わせてたら息が詰まる。」
「ほほほ、ならこのような穏やかな日和に話をするのもそれはそれで良いだろうに。」
「緋ィ様と一緒にするなよ」
「そう寂しいことを言うでないよ、すずめ」
「……」

ゆっくりとまた寝返りをうち、下から見上げる形でその顔を見る。包帯の向こう側に隠れた瞳を見据えるように目を細めれば、その口元は小さな笑みを浮かべた。同時に鼓膜を通して意識に呼びかける、徐々に近付いてくる足音。ああもしかしてあいつこっちに向かってる?面倒だなあなんて再び狸寝入りを決め込むように目を閉ざせば、「緋ィ様!」と高い声が近くで聞こえた。

「緋ィ様すずめを見かけませ…っていた!!」
「これこれ。今寝ているからあまり大声を出すでないよ」
「えっあ、すみません」

苦笑混じりに聞こえた声音は、何だか妙に新鮮で。よく考えたら仕事場でしか顔をほとんど合わせない俺は、彼女が普段どんな表情をしているのか知らなかったのかもしれない。何となく声に惹かれて瞼を開けそうになる。

「すずめに何か用かの?」
「いえ、用ってほどではないんです。先ほど佐々木様からすずめが仕事から戻ったと聞いたので様子を…」
「そうか。なら見ての通りお昼寝中じゃの。」
「ですねえ。まるでお子様です」
「ほほほ。お主も一緒に寝るか?」
「まあ緋ィ様、それは私もお子様と?」

クスクスと笑う声が鼓膜を揺する。好き勝手言わせておけばとため息を吐きたい気分をぐっとこらえた。すると不意に風もなくサラリと揺れた自身の髪。頬に触れる低めの温度、柔らかい感触。それが彼女の手のひらだと理解するのに、数秒かかった。ゆっくりと髪を梳かすように動く指先の優しさに思わず息を呑む。

「…さて、私は行きます」
「!良いのか?」
「ええ、ちょっとすずめが気になっただけなので。緋ィ様のところで昼寝してるのなら安心です。」
「そうか…」
「では」

指先が離れ、続いて足音が去っていく。なんだ、何がしたいんだ。あまりに呆気なく立ち去る彼女に反射的に体を起こした。意味わからない。用があるから探していたんだろうに。何だよこれ。すずめ、と緋ィ様に名を呼ばれたが構わずパタパタと彼女の後を追った。まだ優しく撫でられた感覚が残る。それが妙に名残惜しく思えて、見つけた背中に声を上げた。

「ちょっとあんた!」
「あ」

クルリと振り返る瞳。目が合うと再び妙な新鮮さを感じた。

「なんだすずめ、起きちゃったの」
「なんだじゃねえよ。用があってきたんじゃねえの?」
「え?あ…ああ、別に」
「はあ?じゃあなんで」
「なんでって…すずめとは仕事場でしか顔合わせないからちょっと世間話でもって思って」
「!」

何だよそれ。目を丸くして彼女を見れば、彼女はクスクスと笑い出す。それにムッとすると穏やかに細められるその瞳。

「そんな表情するんだ」
「だから何だよ」
「いや、だって仕事場の貴方しか私は知らないから」
「!」
「普段の貴方と話がしたくなっただけだよ」
「……」

ああそうか。新鮮に感じる理由なんて単純だ。俺も知らないからだ。
優しく吹く風に柔らかく揺れる髪。その間で穏やかに細められた瞳に、肩の力が抜けた。

知らない。こんな風に優しく撫でる指先を彼女が持っていたなんて。知らない。そんなふうに穏やかに笑うなんて。知らない。知らない。
知っているのは、倒すべき相手を前にした冷たい瞳を持つ彼女だけだったから。



「ねえ、せっかくだし近くの茶屋に行かない?」
「なに、奢り?」
「うわあ男がそんなこと言うかなあ」
「あんたが誘ったんだろうが」



でもたった一つだけ知ってる。
彼女はいつだって、俺を心配してくれてることは。


この日を境に、何か暖かなものが胸に灯ったことは。



/end

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初すずめ夢!口調がいまいち分からない(汗
でもそんな彼が大好きです。

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