泡沫−ウタカタ−
□或る女妖の望み
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「悲しくはないの、ただ寂しいだけで…、」
「…なら、君はオレとは反対だね」
夏目はそう、淡く微笑みながら言った。
その目は何を見ているのかわからない。
とても無関心で、悲しそうな目だった。
「ナツメは、寂しくないの?」
「…ああ、寂しい≠ニかは…よくわからないや」
「…妖怪が、いるもんね」
そう呟くように言えば、彼は君もその妖怪の一人だろう?≠ニ笑う。
…夏目に両親はいない。
初めから一人だったから、何かを無くした時の寂しさがないのだろうか。
いつも妖怪がいるから、寂しくないのだろうか。
―――私はそんな彼を取り巻く、有象無象に過ぎないのだろうか。
「私は…寂しい」
「……山に帰れば仲間がいるだろう?」
「でも、寂しいよ」
「………」
「誰かがいても…すごく寂しい…」
空を見上げながら言った。
乾いた空の青はどこまでも澄んでいて、虚しかった。
あの空の向こうにある山には、私の仲間たちがいる。
たくさんの木霊、山護り、番人の妖怪たち。
でも違う。違うんだ。
そういう一人じゃないから≠ニいうことじゃない。
誰かがいても、誰かにとっての自分が必要ない存在なら、寂しいんだ。
…一人じゃなくても、寂しいんだ…。
「それは、嫉妬…?」
「!」
「その人にとって、一番でありたいと願うのは…その人が自分以外の誰かに優しい眼差しを向けていることを寂しく思うのは…嫉妬…?」
「…嫉妬…か…」
「………」
夏目も同じように空を見上げていた。
その様子に奇妙な安心感が生まれる。
そしてゆっくりと彼の視線が自分に向けられ、そして言葉が発せられた。
「そんなふうに思われるヤツは…きっと幸せだよ」
「!」
「だってそれだけその人は君に思われているんだろう?」
「………」
「誰かに好かれるっていうのはさ…きっとすごいことだと思うんだ…」
「………!」
「だから…幸せだよ…」
「…ナツメ…」
風が吹く。
大きくなびく髪は、舞い降る木の葉と共に踊る。
ただ自分に向けられる優しい眼差しが、泣きたくなるほど温かかった。
思わず零れそうになる涙に唇を噛み締め、顔を背ける。
…そうすれば、ただ温かい手のひらが頭を撫でた。
「おい夏目」
「!
ニャンコ先生…、どこ行ってたんだ?」
「パトロールだパトロール……って、またその女妖は来てたのか」
「…………」
「ニャンコ先生そういう言い方はないだろ。」
「やかましいわい。
私はお前のことを思って…」
ああ、やはり寂しい。
アナタのその優しい眼差しが、他方を向いてしまうのはとても寂しい。
私が大勢の中の一つに過ぎないのは、とても寂しい…。
アナタにとって消えても障りない自分のようで
寂しい、
寂しい、
寂しい
でも、
『幸せだよ…』
「………」
そんな幸せなアナタを
アナタが笑っている瞬間を
その優しい眼差しを
―――アナタを思う存在がいることに気づけなくても、
私はいつまでも、寂しさを飲み込んで見守っていきましょう…――
だから、笑っていて
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後書き
いつだったか日記に書いた夏目夢。
どういうわけが主人公が妖の場合ばかり書いてます←
20090704