泡沫−ウタカタ−

□赤い繭
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誰が為に染めませう

何人たりとも触れぬ肌
絹が如きの白無垢纏い

殻に籠もり
謡ひませ

嗚呼、恋しや
嗚呼、憎しや
誰が為に糸は繰る

絹の弦弾き、歪な音色
血に染むることの赤の純潔





貴方は在るが故、我心地まどひにけり。







赤い繭






それはそれは脆いものでございました。
ぷつりと簡単に切れてしまう糸を、ただただ心配で眺めていたのです。
いつか切れる日が来ることは大分前から理解してはおりました。
しかしながら私はその日を受け入れることができるほどの大きな器を持ってはございません。
貴方がいとも簡単に受け入れた諸行無常のこの世の真は、私には解せぬものでございました。





「ですから貴方に、何とぞ我が想いを解していただきたく」
「……」



障子の隙間から覗く宵の帳。
それは飴の如く輝きみせる星の明るさに、深い藍を讃えておりました。
まるで今、目の前に居る貴方の瞳のよう。




「貴女は」



洗練された青白い美しさを放つ貴方の肌。
薄色の紅を差した唇が動けば、ただ淡い悲しみを宿した瞳が光っておりました。




「来たところへ、帰った方が、良い」
「何故」
「在るべきところへ、帰った方が良い」
「我が在るべきところとはいずこ」
「貴女が決めることです」
「では、貴方の傍らとお答えしとうございます」



そう答えを申せば、淡い悲しみを瞳が宿しました。
何故?
何故に他をそばに置くことを嫌がるのですか。




「孤独に命を絶たれることを望みますか」
「それが、本望」
「何故」
「では貴女は何故に私のそばを望みますか」
「それは」





貴方が、いとかなし





「なりません」
「貴方をお慕い申し上げております」
「なりません」
「貴方の傍らにいたいのです」
「なりません」
「では」



誰が貴方の、




そこまで言って、言葉を飲みました。
彼の美しい顔が、僅かに何かに歪んだのです。
美しい彼。
嗚呼、美しさとは誰もが欲し認めるもの。
しかしながら美しさは醜さと表裏一体。
醜いものがなければ美しいものは存在できぬ。
その価値を見出すことはできぬ。
常に対を為さねば意味がない。
では、彼の美しさの代償である醜さとは。
その心底に、あるべきもの。




「誰が貴方の心を、包みましょうか」




一体誰が、孤独に醜い疵痕を飾る心に、気づけますか。


月光に青白く輝く空間。
それに照らされた、骨のように白く細い指が男へと伸ばされる。
そして両の手のひらを大きく広げた指先で、浅葱の着物に触れた。

…ゆっくりともたれかかるように、心の臓がある辺りへと頭を寄せる。

聞こえる鼓動が奏でる音に、安堵するように吐息を零した。





「私が貴方を包みましょう」


絹糸で貴方を守るように。
捕らえるように。


目を閉じ言葉を紡ぐ。
シンとした空間には互いの呼吸の音と心音だけ。



「私が繭と、なりましょう」




汝蚕と成す。
我が腕(かいな)抱かれ身を休めなさい。

蚕が繭の中で眠るように。
貴方も眠りませ。

地を這うのに疲れた故、眠り、目覚めたら宙を舞いませ。
その間に貴方が流した血は私が総て吸いましょう。
赤く赤く。
白絹ならば貴方の色で染めてしまいましょう。
貴方の疵痕は私が総て受けましょう。
私が総て受け、この身に刻み込みましょう。

ですから貴方はただ胎児のように眠りなさい。

次目覚めたら、解放の時。
蚕が地を這う虫から空を舞うものへなるように。
貴方もこの混沌した世界から旅立つのです。


そしてそれが我が身の役目を終えるとき。


その時貴方もまた、総ての柵から解き放たれる。




「ですから」





どうか命絶える日まで貴方のお側に。



愛でてくれとは、欲しません。



ただゆっくりと、口にする。
すると背中へ感じた圧力。
彼の細い腕が、この背中へと絡みつく。
その感覚に酔いしれるように、その胸に頬をすり寄せた。




「共に、」




ただ、彼へと回した腕に力を入れた。
感じる体温だけが、今存在する彼の総てのように思えた。




繭の如く貴方の総てを我が身のうちに


そして染まる、貴方の色



〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
あとがき

圧倒的に暗い(汗
突発的に浮かんだネタなので、細かい文法はスルー方向でお願いします←


20090625
 

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