泡沫−ウタカタ−

□枷として抱き締める
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「間違っている」
「なら、正しいモノとは」




蝋燭の炎が揺れる。
響いた低音。
鼓膜を揺する麻薬の音色。
脳髄まで響き渡り、それは思考を呑み込んでいく。
ゆったりと、確実に。
生温い何かが感情を支配していく。
それは心地よい微睡みのようで、飲まれてはいけない、禁忌のようで。
身をすべて委ねてしまえばきっと、楽になれるだろう。
…けれども鼻孔を満たす粘着質な赤い香りが、それが触れてはならないものだと、理性の歯止めを効かせていた。



…体を動かすたびに奏でられる、耳障りな金属音。
拘束されたやせ細った四肢と傷だらけの肌を虚無に眺め、次いで彼を見た。





「今までの行いの浅はかさを、恨みまする」
「何故」
「出してください」
「ダメだ」
「何故」







貴女に外は、必要ない






囁かれる言葉。
藤色に染められた長い爪が、頬を撫でる。
しかし刹那にピシリと走る赤。
頬を一縷の赤が滑った。






「狂って、しまわれたの」
「どちら、が」
「貴男が」
「…クク」
「狂って…いる…」





薄色の紅を差した唇が、綺麗に弧を描く。
頬滑る自身の血。
長い爪は肌を這い、その鋭さで次々と肌を傷で彩っていく。
真っ白な肌に赤い線。
それを際だたせる、消えないくすんだ傷跡。
また一つ、血の香りが濃さを増す。
自身を見つめる青い瞳に、ザワリと背筋を何かが這った。

こんなことをして何になる。

幾度となく投げかけた問いは、いつだって狂気という答えしか返さない。

ただ唇を噛み締め、青い瞳から目をそらせば、頬をねっとりと温い舌が舐めあげた。





「…ここは、安全、ですから」
「…………」
「心配、いりませんぜ…」





抱き締める腕は、もはやただの枷と化した。
囁かれる声音は麻薬。
紡がれる言葉は呪縛。

ただ唯一、人肌の温もりだけが人≠ナある安心感。

…それすらいつか、失われてしまうのだろう。





彼は低く、囁いた。












アイして、います…よ








愛か、哀か、

逢瀬に重ねたのはただの狂気





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後書き

初の薬売りさんがまさかのダーク←
大してグロくもないのですが、薬売りさんのイメージが崩れる危険につき※一つ。


20090606
 

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