泡沫−ウタカタ−

□てるてるぼうず
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「雨、か…」


窓の外を眺め、零れる吐息ひとつ。
聴覚を支配するのはザアザアという雨音。
視界を支配するのは空が流す涙の粒。
肌にはしっとりした湿気がまとわりついていた。

どれをとっても憂鬱になるものばかりだ。
今朝から降り出した雨は、午後になって尚降り続けている。

…もともと、外を歩き回ることがそんなに好きなわけではない。
しかしこういう日に限って外に出たくなるものだ。
脳裏に思い浮かぶカラッとした空の蒼さに恋しさを抱きながら、再び吐息を零した。




「夏目」
「!」



ふと、自身の名を呼ぶ声が雨音に波紋する。
それに湿気によりかかった思考の曇りが払拭されるような気がし、我に返る。
ほんの少しだけ間を置き、ゆっくりした動作で足元へと視線を落とした。



「何だ?にゃんこ先生」
「ん」
「ん?」



視線を向けるなり、丸々とした猫はある一点へと視線を向ける。
それにまた妖でも来たのかと、かすかに苦笑気味た表情を浮かべながら視線を向けた。



「?」



しかし、視界に映るのは雨のベールに包まれた風景のみ。
何もいない。
思わず眉をひそめた。
けれどもこの丸々とした猫の元来の姿は大妖たる化け猫だ。
勘違いというのはないだろう。

そんなことを思いながら、窓辺に近づく。
やはり何も映らない雨の風景に首を傾げながら窓を開けた。

その時だ。



「夏目殿ー!」
「!?うわ!」



…ずぶ濡れの何かが、飛びついてきた。


「お久しゅうございます、夏目殿!
先日名を返した頂いたものでございます。」
「あ…ああ、」



確かに。
突如として飛びついてきたこの女妖は、先日名を返した妖だ。
しかし名を返したというのにどうしたというのだろう?
ずぶ濡れで入ってきた彼女のお陰で、部屋の中に水たまりができるのに眉をひそめながらも構わずに言葉を紡ぐ。




「どうしたんだ?」
「雨!ですよ!」
「え?」
「雨降ってます!」
「あ…ああ、そうだな」
「ですからほら!先日名を返していただいたお礼にと、これを作ってきたのです!」
「!」



言いながら、彼女が差し出したのは不格好な白くて丸い物体。
紙を丸めて作ったのか。
それは



「…てるてるぼうずだな」
「…てるてるぼうず…」



あくびをしながら傍らでいう猫の言葉を反芻し、彼女の顔を見て思わず苦笑した。




「君がわざわざ作ったのか?」
「はい!
雨は人間には不都合だと聞きましたゆえ!」
「!」




妖なら、場合によっては天候も操ることが可能だろうに。
そこをわざわざこんなものを作っているのだから、何ともおかしな話だ。



「お役に立てればと思い!」



嬉しそうに笑顔を浮かべながら、彼女はてるてるぼうずを更に差し出す。
しばしの間キョトンとそれを見つめながらも、そっと受け取った。




「…ありがとう」
「へへ、夏目殿にそう言っていただけるなんて嬉しいです」
「大袈裟だなあ」
「いえ、本当にですよ!」
「………」
「夏目殿が笑ってくださると、すごく温かいのです。
温かいのはとても安心します。
だから空が晴れるようにと作ってきたのですよ!」
「……!」



ただ真っ直ぐ告げられる言葉。
今まで考えたことも、言われたこともない。
それだけに思わず驚きながらも、笑顔で言う彼女から視線を外すことができなかった。

そして気が済んだのか、彼女はクルリと背を向け「失礼しました」と呆気なく去っていく。

あまりにアッサリし過ぎた光景にしばらくの間、手に持ったてるてるぼうずを呆然と凝視する。

そしてそんな間に、いつの間にか雨音は遠ざかっていった。
ふとしたように向けた窓の向こう側に、淡い蒼が顔を覗かせる。

それを見て、思わず口元が綻んだ。







「君の笑顔の方が、よっぽど青空だ。」







/end


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後書き

夏目初夢☆
主人公妖設定をほのぼのを目指してみました!


20090527
 

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