彼は玻璃の破片の様で、強さを映して煌めき、其の鋭利さは危うくもある。其れでも鋩に手を伸ばしたのは、彼の心に鮮紅の柘榴が見えたから。熟れ裂けた外皮は雫に濡れ、まるで赤い泪を流すかの様な其の果実は恐ろしい程に綺麗だった。触れて仕舞えば、味わわずにはいられない。

「最初は僕、嫌いだったんだよ? 観月の事」

――痛みを知りたいんだ、なんて冗談も懐かしい程に。僕達を遮る空白に目を背ける事が出来ない記憶さえも今は想い出と呼べるだろう。

「不思議だね……其れなのに、こうして君は僕の隣に居る」

 黒真珠を解いた様に瑞々しく流れる髪をそっと撫でると、観月は少し不服そうに首を傾げる。

「んふ、愛憎一体とは能く言ったものですね。尤も、僕は都大会での借りを忘れた訳じゃ有りませんからね」

「そんなに悔しかった?」

「当然でしょう! 人生最大の屈辱です」

 アルカイック・スマイルも愈々以て艶かしく、紫電が僕の軆を貫く。
其の感じが堪らなく好きで僕は又、獣の真似事をする。形ばかりの抵抗が燃え盛る本能に敵う筈も無いのに、其れでも観月は抗うのを止めない。切ない位に強い自尊心が彼自身を縛っているのだと思うと、其れもやはり僕を昂らせるのだった。





「――……く、あっ……んっ……!」

「っ顔、隠さないで……、僕を見て?」

「何の、心算ですか……は、あっ…やっ……んぅ、……っふ」

噛み切れそうな位に強く口を結ぶ観月は我儘な子供みたいで可愛いけれど、僕も大概子供だから、ずっと黙られたんじゃ詰まらない。其れに、同じ様に観月にも気持ち悦く成って欲しいのに。
多少無理矢理に舌で抉じ開けた唇は、態度や視線とは裏腹に熱く柔らかい。神への讃歌を詠う喉を、自分が悦楽に喘がせていると思うと酷く背徳的で、天使を堕とした悪魔も、屹渡こんな気分だったろう。
ならば望み通りにと指の動きを止め、質問に答えてやる。

「好きだから、って毎回言ってるじゃない。信用無いのかな僕……ね、観月は僕の事好き?」

「はっ……?」

 快感に流されまいとしてきつく握り締めていたであろう手を取って、想いを伝える様に掌を合わせ又強く握った。そして絡ませていた指を、香しい白薔薇の蕾の様に嵶やかな手から真っ直ぐに伸びる手首へと這わせ、透き通る蒼に軽く口付けを落とす。

「好きって言ってよ。心迄、観月と1つに成りたいんだ」

「僕が……この様な事を、好きでも無い相手とすると思いますか?」

要するに察して欲しいのだろう、些か呆れた様子で僕を見詰める。この位でいつもだったら充分だと思うけど、今日は僕の誕生日だから、もう少し。

「でも、ちゃんと言葉で聞きたい」

「……す……き、です」

「ん? ごめん能く聞こえなかった」

「――好、き、で、す! ええ僕は君が好きですよ観月はじめは不二周助の事を愛しています!……此れで満足ですか?」

 観月の余りの勢いに面食らって仕舞った。瞬かせ乍ら『あ』とも『う』とも付かない声を洩らして気不味そうに彼は口許を押さえる。

「あの、不二君」

「…………」

押し黙る僕を前に観月は困惑の色を見せていたが、愈々不安そうに口を開いた。

「っ済みません、つい貴方の前だと……、素直に、なれなくて」

「……嬉しい」

「え?」

「僕も好き、大好き愛してる。もう如何したら良いか解らない位……クスッ、ね、観月」

“……続き、良い?”然う尋ねると観月の白磁の貌は面白い程に赤く色付いた。

「ばっ……!」

謝って損した、とばかりに観月は頬を膨らます。

「全く……僕が言えた事でも無いですが、ムードも何も有りませんね」

「――じゃあこれから作ってあげるよ」

 然う言って不二は、目を細めて微笑んだ。
途端、観月は身体にちり、と微かな痛みを感じた。其れが己の胸の突起を抓られた事に因る痛みだと知ると、羞恥が込み上げる。思わず上擦った声が喉から零れるが、ぐっと堪えて不二を見詰めた。
彼の爽やかで何処か中性的な美しさを形作る、すっと通る鼻梁やしなやかな若枝の様な手。鳶色の透く切れ長の瞳。其の総てが1つの芸術品とも謂うべき魅力を放っていて、惹かれぬ者等は居ないだろう彼が。彼の赤い舌が、僕の――。
羞恥、独占、快楽、征服、ぐるぐると全てが綯い交ぜに成り、言葉にする方が最早愚かしいのかも知れないと覚った。

「……不二君っ、その、あんまり……ぅあ……」

「っ大丈夫、心配しないで」

観月には何が『大丈夫』なのかは解らなかったが、巧みに弄ぶ指先や意地悪くうねる舌に反した優しい声に安心したのは事実だ。

「挿れるよ……?」

只頷く事しか出来ず、瞳の端からは涙が頬を伝う。

「んん……っは……ぁ……」

「……観月、痛くない……?」

不二が尋ねれば、抱き締めたく為る程の笑みが返ってきた。
ゆっくりと始めた律動を、徐々に早めていく。想いの分だけ甘く成り、甘さの分だけ熱く成る。荒い息遣いと淫らな声色が、聴覚を支配して行く。次第に激しさを増す快感に、二人は呑まれ、身を預けたのだった――。





 さらさらと艶めくブラウンを梳いて観月は口付けを落とした。御返しとばかりに、不二も観月の首筋に口付ける。そっと掛かる吐息が何だか擽ったくて、くすくすと笑い合う。

「お誕生日おめでとうございます」

「……覚えてたんだ」

「忘れる筈が無いでしょう。徒でさえ閏年にしか存在しない日だと謂うのに。本当は今日だって、お連れしたい場所があったのですよ?」

拗ねた素振りを見せて『明日を楽しみにしていて下さい』と、不二に深く接吻ける。二人は溶ける程の愛情に息も出来ない位に溺れていった。























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