ひた、と頬に添えられた冷たさに観月は些か驚いた。少し骨張った白い指は愛おしげに頬を撫で、其の儘、流れる様に顎を軽く掴み接吻けを求める。
だが幾ら周りに自分達の他に1、2人しか客が居ないとは云え、此れではまるで見せ付ける様な。生憎だが自分はそんなスリルを愉しむ趣味は持ち合わせていない。ぱし、と観月が自らに伸びる手を払い退け顔を背ければ不二からの非難の声が挙がった。

「そんな明白に避けられたら流石に傷付くんだけど?」

「大いに傷付いて下さって結構ですよ、少しはしおらしくも成るでしょうから」

「僕は観月を想ってこんなにも尽くしてるのになあ」

「おや、冗談が上手なんですね」

「……可愛くない」

ええ、能く御存知じゃないですか。笑い乍ら観月は、外の寒さに反して効き過ぎる程の空調に辟易して二人で頼んだアイスティーを口にする。
だが彼此2時間続いている会話の中では其のディンブラも、上品な飾り彫りのグラスに華やかな香りを残すのみと為った。

「そろそろ出ようか。店の暖房に慣れて仕舞った僕等の身体には嘸や、風は冷たく吹くだろうね……何だか、もう少し此処に居たくなっちゃうな」

「運動部員がそんな事で如何するんです。ほら、行きますよ」

 バーントアンバーの外套に袖を通し乍ら軽口を叩く不二は観月に腕を引かれ、優美な乳白色の灯りが照らす喫茶店を後にする。数ヶ月前には黄金色に染まっていた此の銀杏並木も、すっかり冬の景色と成っていた。表を逸れた裏通りにある此の道は、寒さと相俟ってか最早人の気配が無い。

「この前、考えちゃってさ」

「何をですか?」

「越前と立海の幸村との試合みたいに、もし五感を奪われたらって。そしたら夢にも影響したみたいで……真っ暗な場所に僕は居て、何も聞こえず何も感じず自分さえも見えない、意識だけが浮かんでいる様な状態で……凄く、怖かった。だからかな、いつもより観月に触れていたいと思うのは」

「貴方のスキンシップ過剰は元からです。ですがどんな悪夢でも、結局は夢でしょう? ……そもそも僕は貴方の居ない世界なんて想像もしませんよ」

然う言ってふと歩みを止めた彼に不二が気付いた時には、観月の腕は肩に回っていて、其れから不二の唇に一瞬の熱が伝わった。
恥じらいに言葉を奪われ何か言いたげに此方を見詰める観月を、降り積む雪の純白さに翼を隠した天使なのだろうと思いつつ不二も又、恋人に熱を返した。舌が絡み合えは真朱のヴェールが蒼い薄月の肌にかかる。上気して潤んだ瞳。銀杏の枝々を飾る葉長石。掌で溶ける羽根。僅かばかりの背徳感。其の全てが甘やかに二人を包む。

「……今も夢みたいだけど、こんなに幸せなら醒めないで良いかな、なんて」

「何を言ってるんですか、随分と弱気ですね。今がいつか醒めて仕舞う夢では困ります。此れは現実です、僕は貴方の傍に確かに居るのですから」

「じゃあ又観月から接吻けて呉れる?」

「莫迦な事言ってないで、帰りますよ。雪に埋もれて凍死したいのですか」

 ……続きは帰ってからにして下さい。然う囁いた後観月は照れ隠しに不二の背を押した。彼も又、恋人の背に翼を感じ乍ら。
























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