満月が普く夜を照らし、暗闇に混ぜ込んだ影が曝かれる。白い光は優しさを以て全てを包もうとしているが、最早触れるだけで傷は痛むのである。

 ――彼は確かに、僕を好きだと言った。
皮肉らしくまるで忌ま忌ましい言葉の様に、僕を好きだと言ったのだ――。

 憎まれ口ならばいざ知らず、彼から告白されるなんて思ってもみない事だった。違和感で世界が溶けるかと思った。
当然、其の言葉は冗談等では無いのだろう。紫水晶は悲哀に濡れていて、真っ直ぐに僕を見詰めた後に墜ちる。

「気持ち悪い、ですよね」

 すう、と息を吸って固く瞳を閉じる。ゆっくりとした吐息の白と共に紫水晶を飾る濡羽色の長い睫は天を仰ぎ、観月は又僕を真っ直ぐに見詰めた。

「……良いんです、忘れて下さい。恐らくは何かの勘違いでしょう。済みません、僕も早く忘れますから……」

 去って行く観月の靴音を、今も時計の秒針の音に思い出す。何故あの時彼を引き留めなかったのだろう。微笑みは薄氷の様で触れたら壊れて仕舞いそうな、其れこそこの寒空に溶けて仕舞いそうな、彼を。
動けずに僕は只、見ていたんだ。

 ――万一裕太に連絡が付かなかった時の為に、と携帯に電話帳登録してある番号。カーソルを合わせて、決定キーを押す。そんな簡単な事なのに簡単に出来ない。先ず、何て切り出せば良いのかも解らない。……あの告白に答える自分の想いだって解っていないのに、曖昧な気持ちではいけないとは思うのだけれど。

「如何にも他の女の子とは勝手が違うんだよなあ」

僕も人並みには告白をされた事が有るけれど、ごめんね、と断るのに特に困った時は無かった。心苦しいとは思っても、断る事に迷いは無いから。

「観月が僕を好き、で、僕は観月を……」

……好き、なんだ。
だからこんなに苦しくて、悩んで、臆病になっているのかな。確かに、すんなり断れないのには何かしらの理由が……否、肝心な其の"理由"が解らないから困ってるんだった。

「一層、全部伝えよう。このまま悩んでても仕方無いし」

最も素直な気持ちなのだから、間違いでは無い筈だ。意を決してキーを押すと規則的な電子音が聞こえてきて、其の僅かな筈の時間はやけに長く感じた。

「はい、観月です。急に如何したんですか?」

「ずっと、考えてたんだ。突然の事だったから僕もあまり余裕が無くて、……あの時は、何も言えなかったから」

「不二君の言う"あの時"と謂うのは先日の事ですよね? 僕から告げておいて失礼だとは思いますが、忘れて下さいと言ったでしょう。終わった事です。噫、貴方を煩わせる心算は無かったのですが……」

「あのさ、失礼だと思うなら、そんな身勝手な告白の返事位受け止めたら如何なの?」

「ええ、確かに君は僕を疎んでいるでしょうし、身勝手だと言うのも解ります。ですが……だからこそ、結果が見えているからこそ、忘れて欲しいのです。お互いに無かった事にして過ごせば、貴方も不快な思いをしないで済みますし、」

「っと、違うんだってば。観月に、僕の気持ちをちゃんと聞いて欲しいから電話した。後悔したくないから、君に伝えるんだ」

 曖昧だが確かな僕の言葉を伝えた。観月は最初こそ聞くのを躊躇っていたが、迚も真剣に聞いて呉れた。相槌の声が徐々に和らいでいった所から、観月に僕の想いは伝わったみたいで、時折届く啜り上げる様な音から、彼は少し泣いてるんだと覚った。

「つまり、其の、僕は自惚れても良いのですか……?」

「うん、俗に謂う"両想い"って奴……ねえ観月、もう一回告白してよ。ちゃんと僕の事好きって言って?」

 然う請うと『んふ、仕方無いですねえ、一回だけですよ?』と観月は答えたけど、少しの無言の後――やっぱり今度会った時にします。なんて照れるから、今度会う時はもっと恥ずかしがらせちゃおうかな……とか思ったりして。
好き、だけじゃ足りない程に溢れ出る君への愛しさを、今は未だ温めておこう。寒い冬は続くけど、二人一緒なら平気だよね。

「好きだよ、観月」





















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