抜ける様な青の下でテニスに興じる彼は、栗色の髪が揺れる度に飛ぶ汗さえも爽やかに思える。
天才不二と言えど相手は青学レギュラー、当然全力で挑んでいるのだろう。だが本気で勝つ気が有るのかは怪しい。飽く迄遊びの延長線、然う考えているかの様な彼の態度は、惨敗した僕としては非常に悔しい点でもある。
最も、あの時は裕太君の事で、僕に本気で怒っていたのだろうけれど。

「やあ観月、今日も使えないデータの収集?」

「会うなり失礼な人ですね君は……! ええ、"有意なデータの収集"ですよ、不二君」

 聞き慣れた厭味と云う事は、試合は終わったらしく、奥には大石君と話乍ら何やら叫んでいる菊丸君が見える。結果は……6-4か。シングルスでは矢張り不二の方に歩が有るのだろう。

「今度こそ、貴方の弱点を見付け出してみせますよ」

「そう……無駄足、御苦労様」

「ふん、無駄か否か、来年思い知るが良いさ」

「生憎、僕達3年はもう卒業してるし、桃や海堂や越前はもっと強く成るよ。来年も青学の勝利って"シナリオ"は、変わらないと思うけど?」

 彼は表情は笑ってこそ居るものの、激しく確かな敵意を感じる。僕も厄介な男を敵に回したものだ。もっと単純な奴なら御し易くて楽だったろうに。

「んふっ、其れはウチの裕太君も同じ事ですよ」

「然うだね、裕太もどんどん上手く成って行くし、弟としても選手としても楽しみだよ」

 先刻の仮面の笑みとは一転、本当に嬉しそうにしている。彼のこういう所は苦手だ、如何にも遣り辛い。
これ以上啀み合っても仕方無いので、データも粗方取れた事だし帰ろうかと考えていた矢先、彼から思いがけない言葉を聞く。

「ねえ、今日は部活早く終わるんだ。観月、一緒に帰らない?」





「……、一体如何云う風の吹き回しですか」

「別に。特に理由も無いけど、駄目かな?」

「(何を考えているんだ……)」

 素より友達でさえ無い僕達に、饒舌に為る様な話題も無く、斜陽に沈黙を照らされ乍ら歩いている。顔色からは意図を窺えそうにない。彼は何故、こんな事を……?

「此処でお別れだね」

「ええ。では、失礼します」

「……待って」

 風が通り抜けた。
まるで僕等の周りだけ時が止まった様な、そんな錯覚を抱かさせられる。彼の薄めの唇が、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「   ――なんだ」

「え? 不二君、今何と――」

「ううん、何でも無い。じゃあね、観月」

 ――あの時、彼の言っていた言葉。其れは僕には解らないけれど。何処か苦しそうに、吐き捨てる様に、半ば懺悔にも似た重さを持った言葉だった。
彼と別れ寮に帰ってからも、彼の仮面の罅から垣間見た空白が、僕の脳を蝕んで居た。食堂での夕食時に、ふと裕太の方を見遣る。余り似た兄弟とは思わないが、今日ばかりは変に意識して仕舞う。嗚呼、こんな事ではいけないな。

「又、青学に向かう必要がありますね」

 これは好奇心なのか。然うであって欲しいと願う反面、認識する事を拒否する心がこれは"別物"だと理解している事を裏付ける。
だが其の気持ちに名前を付けるには、未だ少し早いと思う。
矢張り彼に会って確かめる迄は、明瞭に成らないだろう。

「不二周助、尽々厄介な奴だ」
























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