添えられた指は、風の様に軽やかに僕の項を撫ぜる。彼の手が触れるその度に、喉が締め付けられた様な苦しさを覚える。
我が子をあやす様な手付きに反して、伝わるのは威圧と支配の強い情念だけだ。優しさの鎖で縛り上げ、愛惜たっぷりに呪文を唱えられれば、また僕は身動きが出来なくなる。

「迷惑なんです」

――そう言えたなら、どんなにか楽になれるだろう。拒絶の言葉を呑み込んで、今日も僕は彼の言い成り。


 糸を繰る指を人形の意図で動かされているのだ。繻子の幕を隔てたならば、これは茶番劇にも劣る。関節に当てられた球形はぎこちなく、今にもばらばらに崩れて仕舞いそうで……。
そう、そのまま崩れて仕舞えば良いと何度も思った。

 脚が落ちて、腕が落ちて、指は散らばり、仰け反り胴は真っ二つに。ごろん、と音を立てて頭が――。

嗚呼、僕が想像出来るのはいつも此処まで。





 ふと白昼夢から醒めて、時間に置いて行かれた様な感覚に襲われ乍ら、ちらと彼に目線を送った。またか。やはり、視ている。無機質な硝子が僕に反射した光を映し込んでいる。彼は僕を視ているのだ。

「……もう、許して下さい」

弱々しい呟きさえ、この静寂の中では張り詰めた空気を震わすのに充分であった。
谺する痛みは、今度は僕の骨を震わせる。ばらばらになるのは僕の方かも知れない……。そんな事を考えては自嘲して、絶えず胸を刺す痛みに顔を歪めた。

(許して下さい、許して、許して……許して、観月。)

 残響に君の姿を見る。あの日の君は何故、僕に懇願の言葉を吐いたのか。罪状が解らないのなら裁く事も出来ない。
誰よりも愛している等と嘯く唇も、不義を宿した裏切りの眼も、僕には如何でも良かったのに。

 最期まで彼は僕を見なかった。睨むでもなく、ただ果てしなく遠く――或いは、限り無く近く――を見ていた。

心を抉られる感覚を君は知らない。





 ……あの時、確かに君は死んだ。
同様にして僕も又、確かに死んだのだ。
そして今夜2人は生まれ変わる。
再生。否、これは創造。刺す様な視線は、伏せられた瞼によってパンセの花へと変身を遂げる。

 身体は、刹那に煌めいた朝陽に焼かれた。
漂う肉の焦げ付く匂いが、次第に風の中に消えて行く。

 君と、2度目の恋愛をしよう。
























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