痛みを感じない。
ティリアンパープルの天鵞絨を纏った君の胸元を飾る勲章の輝きが反射して、僕を焼いたあの日から。

 痛みを感じない。
喪った哀しみに涙する君の落とした言葉が砕けて、千々に散らばる破片が僕の心臓を貫いたあの日から。

 痛みは置いて来た。
君の剣と成り、君の楯と成りて、遥か遠くとも変わらず。刺し違えども蘇芳に身を染める迄、君を護ると誓ったあの日に。

――翅模様のステンドグラスに描かれた豊かな葡萄の粒がまるで柘榴石の様に淡く光っている。ボルドーにも似た赤みを帯びた琥珀色に部屋が染まっていて、俄に退廃的な雰囲気を漂わせていた。

全ての時間が止まったかの様な彼の部屋に、交わされた約束が熱く息付いている。たった1度の接吻けを未だ唇に憶えていて、魂を預けるその余りに豊潤な約束に、刹那に歪む気持ち迄も打ち明けて仕舞いそうだったのだ。

 永い刻は僕達に嘘を吐かなかった。
残酷な迄に正直であった。

だが所詮それも形骸化した旧い戒めである。目に見える物等は要らない、と覚悟が強く叫ぶ。波立つ心を制して伸ばした手は空を切り、だらりと墜ちた。
溢れた涙だけが唯一彼に温度を与えた。

――彼はもう、居ないのだ。























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