RYUGA
□序章
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空から人が降りて来たのだ。
僕は鉛空から降りて来た人影を慌てて目で追う。
人影は黒い何かを羽織っているのか、若しくはマントを付けているのか分からないが、黒い何かをはためかせながら暫く宙に浮いていたが、此方に向きを変え高度を下げ始めた。
どうやら車道を挟んで海の向かいにある民家の方へ降りて行ったようだ。
「……」
僕は後ろのベッドに眠る妹に目を向ける。
僕はろくに考えもせず玄関へと走り出した。
今にも雨粒が落ちてきそうな空の下、サンダルで住宅街を隔てる坂道を転げ落ちそうな勢いで走り抜ける。
と、先程の人影を見つけた。
住宅街を屋根伝いに飛び移っている。
どう考えても追いつかない。
向こうは屋根の上だし、此方は目の前に民家の壁だ。
また、ろくに考えもせず僕は声を張り上げた。
「待って!」
しかし相手は振り返りもしない。
当たり前だ、こんな住宅街の真ん中で声をかけられたって自分に向けられていると気付く訳が無い。
と、相手は立ち止まってフワリと飛び降り僕の視界から消えた。
僕は蹴躓きながら足に急ブレーキをかけ、住宅街の細い入り組んだ路地へと続く階段を駆け上がる。
路地に出ると相手が降りただろう場所向けて走り出した。
と、すぐさま目の前にT字路の壁が見え僕は角を右へ曲がった。
「うわッ!」
「ッ…!!」
途端に目の前が真っ黒になり、鼻を強かぶちつけたかと思った瞬間尻を固いセメントの道路に打ち付けた。
鼻をぶつけ涙が滲む、ぼやけた視界にはよく見えないが曲がり角で人とぶつかってしまったらしい。
鼻を押さえ、地面に座ったままの僕は差し出されたらしい掌をぼやけた視界の端にとらえ、その手を取り起こしてもらう。
身長は僕が160だから、おそらく175くらいだろうか。
よく見えない視界に、鼻を押さえていた手で涙を拭う。
「…大丈夫?」
眼鏡を落としていたらしい、親切にも拾ってくれた眼鏡を僕の顔に戻してくれた相手の顔が見えて来た。
「ッ…!!」
飾り気なく綺麗に整った顔立ちに美しく透き通るような空色の瞳が黒髪の間からじっと見つめてくる。
相手は息を飲んだ僕を訝しく思ったのか細い眉を寄せる。
「あ…」
「…」
相手は黙ったまま、僕の言葉を待ってくれているようだ。
「あの…」
「…何?」
「間違っていたら、すみません。不躾な質問ですが…貴方は千絵の友人の妖怪ですか?」
「…」
無表情というのか、すました顔の相手は感情が読めない。
「…さっき、貴方…空を……飛んで来ましたよね?」
「…嗚呼」
一番"答え難い"質問のつもりが、簡単に返事を返され、驚きと共に確信した、僕はこの人を絶対に連れ帰らなければならない。
例え、妹の言っていた"心友"と完全には特徴が一致しなくても、"髪"と"瞳"は言ってた通りだ。
もし、全ての妖怪の髪色が黒で瞳が空色であったとしても、妹には"人でない何か"の助けが必要なのだ。
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