変わり種
□◆sweet candy〜飴の行方〜◆
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sweet candy〜飴の行方〜
「よー、相川。秋彦の原稿とれたか?」
段ボールを抱え社に到着した相川に声をかけたのは、宇佐見秋彦や吉川千春、伊集院響など大物作家をかかえる出版業界大手の丸川書店で先頃先代社長の会長就任に伴い、社長職に就いた井坂龍一郎だ。
「今日中には、なんとか。」
これは長年宇佐見秋彦の担当している相川のタイムリミットだ。
破ろうものなら、容赦なく追い込みをかけるだろう。
「秋彦だからなぁ…油断するなよ〜。」
井坂は自分の肩を叩きながら、溜め息をついた。
「お疲れのようですね。」
社長に就任してからというもの、ますます忙しくなってしまった井坂に、相川は肩を竦める。
「あっ、そうだ…。これ宇佐見先生にいただいた飴なんですが、よかったらどうぞ。」
そう言って、箱から飴の袋を取り出した。
「おー。サンキュー。ちょうど甘いもん欲しかったんだよなぁ〜。」
井坂は嬉しそうに飴を受けとると、袋に視線を向ける。
「…………秋彦(あいつ)が飴ねぇ…。」
そう呟いた瞬間、後ろから延びてきた手に飴を取り上げられてしまう。
「………あ…。」
井坂が情けない声をあげると、
「社長、30分後に歯医者に行くんでしょう?あとにして下さい。」
「…………朝比奈。」
井坂は、いつのまにか背後に立っていた朝比奈に眉を顰める。
「これは、私が預かっておきます。」
涼しい笑みを浮かべた朝比奈は、バッグへ飴の袋を詰め込んだ。
「すみません、歯の治療中だったんですか?」
申しわけないと相川が謝ると
「えぇ、でも今日で終わる予定なので、治療が終わったらさしあげるようにしますよ。」
そう言って朝比奈は優しい笑みを返した。
「おい、朝比奈っ。…それは俺がもらったんだぞっ。」
「子供みたいなことを言わないで下さい。さぁ行きますよ、これから目を通していただきたい書類が山ほどあるんです。」
有能な秘書は、駄々を捏ねる社長の首根っこを遠慮なくつかみ、エレベーターに押し込んだのだった。
(つづく)
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