エゴイストU
□+伝言+
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+伝言+
月曜日の朝、互いの仕事場へ行くため一緒に家を出てからというもの…
俺は、悉(ことごと)くヒロさんとすれ違う日々を過ごしていた。
冬って季節は、どうしてこうも病院を忙しくさせるのか…。
大抵決まった時間に帰宅するヒロさんに比べ、俺の生活といえば不規則な事この上ない。
それでも、ちょっと前までヒロさんがいたんだ…って思える形跡を探す。
例えばそれは、キッチンにある乾ききっていないピカピカのコップだったりする。
そして最近ではテーブルの上…。
ヒロさんがオレのために作ってくれた朝食のおかずに、まだ温かさが残っている時…。
もう少し、早く帰ってくれば会えたかもしれない…なんて…思ってみたりして…。
残されたメモには、
“あっためて食え。弘樹”
たった一行だけど忙しい朝に急いで書いてくれるんだろう、その乱れた文字に愛しさが募る…。
…ヒロさんに…会いたい
俺はいつも、ご飯のお礼に一言メッセージをつける…。
“ ごちそうさまでした。夕食は俺が作りますから、食べたいものをメモして下さい。 野分 ”
メールでも良いんだろうけど…ヒロさんの書いた字を見ると、また書いて欲しくて…ついついメモを残してしまう。
それなのに、過酷な医療現場においてドクターすら体を壊すこの時期は、勤務表なんてあってないようなもの…。
野分は丸2日間病院に缶詰めで、あの時書いたメモに果てしなく後悔した。
きっと、ヒロさんは返事を書いてくれてるはずだ…。
俺が家に帰れず、そのままになっている自分の伝言を見たら、きっと悲しい気持ちになるだろう。
こんな時こそ、メールを…なんて思って見ても、ヒロさんが見てくれる確率は非常に低い。
それでも、しないよりはマシかもしれない…。
野分が携帯を開くと、珍しく弘樹からメールが来ていた。
『食いたいもの、欲しいものがあったらメールしろ。』
短いメールだけど、ヒロさんが気にしてくれてるのが嬉しい。
野分は手早く返信して携帯を閉じた。
きっとヒロさんに会えたなら…疲れなんて、どっかにいってしまうんだろうな。
「よう、野分。頑張ってるか?」
「…先輩。体はもう大丈夫なんですか?…っていうか…ちょっと痩せました?」
津森が珍しく体調を崩して、野分は家に帰れなくなった。
だからといって恨むつもりもない。胃腸炎の患者さんを一手に引き受けてくれていたのだから…。
「いや〜、結構キツかったぞ。上と下がお祭りみたいで…。」
「………でしょうね。」
苦笑いする野分とは対象的に、もーすっかり元気とばかりに津森はニコニコ笑う。
「…つうことで、やっとお役御免だ。家に帰っていいぞ。ついでに明日は完全にオフだから、ゆっくり体休めてこい。」
「…え?」
「なんだ?いらないなら俺が代わってやってもいいぞ。」
踏ん反り返る津森の横で、少し心配そうに覗き込む野分は、
「ホントに大丈夫ですか?…ツラいなら、俺このまま…」
「くすっ。…早く帰れ。ついでにいっぱい甘えて来い。」
ポンと背中を押された野分は、小さく頷いて笑みを浮かべると一礼して白衣を脱いだ。
まだ、日が高いうちにマンションにたどり着いた野分だったが…いかんせん、溜まった疲れは睡魔となって襲ってくる。
少しだけ…眠ろう。
夕方…ヒロさんのご飯作って「お帰り」って言うんだ。
ベッドに潜り込み…数時間後の段取りをしながら野分は眠りについた。
しばらくして、玄関のドアが開く音がする。
…あー…寝過ごしちゃった。
ヒロさんごめんなさい…お帰りなさいって言おうと思ってたのに…。
そんなことを思っていた野分の部屋へと近づく足音がして、静かにドアが開く。
「…ったく。やっと帰って来やがった。」
ぞんざいに弘樹は呟くと、そっと野分の髪を撫でる。
「…こんなになるまで………。…バカだなぁ。」
弘樹の細い指が野分の髪を梳いた。
「…けど、頑張ってるお前…結構好きだぞ…。」
何度も優しく撫でてくれる手が心地良くて…また深い眠りに誘われる。
「お前の伝言は…これだったよな。」
唇に押しあてられたのは、弘樹の唇で…。
…ヒロさん、ちゃんと読んでくれたんだ…俺のメール…。
…ダメもとだったんだけどな…。
…ホントにしてくれるなんて。
「ヒロさんっ。」
いきなり抱き寄せられ、弘樹は慌てた。
「うわっ!?…てめっ…狸寝入りかよっ!」
「いえ、いま起きたんです。」
ヒロさん、ヒロさん大好きですっ!
「…く…苦しいってっ!離せバカ野分っ!」
ジタバタする弘樹をいっそう抱きしめる野分は、
「…もうちょっとだけ。…今ヒロさんを充電中です。」
………俺は幸せだ。
…そう…俺の欲しいもの
“ ヒロさんのキスが欲しいです ”
+おわり+