エゴイストU
□+幸せな時間+
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いつも2人で腰掛けるソファーを独り占めし、本を読んでいた弘樹の傍でソファーにもたれていた野分は、
「ヒロさん。初詣どうしますか?」
年の瀬も押し詰まり、残すところあと数日…。
「初詣?お前行けんのかよ…。」
まったく期待などしていないかのような弘樹の言葉に、
「……う…すみません。無責任な発言でした。」
「研修医なんてもんに、まともな年末なんてあるはずないだろ。今までだって、一緒に年を越せるなんて事は稀な事だったんだから…。」
…そうだ。
恋人達が一緒に過ごす年越しという特別で甘い時間を、
「…すみません。」
大概俺が仕事で台無しにして来たのだ。
「…なんだよ。…別に責めてる訳じゃないぞ?」
読書を中断した弘樹が体を起こした。
「お前は人の命を預かってんだ。故(ゆえ)にオレが除夜の鐘を1人で聞こうが、年越しそばを1人で啜(すす)ろうが…お前は気にしなくていい。しっかり仕事しろ。」
…ちょっと、嫌味にも聞こえなくもない。
「…俺…一応休みなんですよ。今年こそはヒロさんと一緒です。」
…救急で呼び出しがなければ…。
と、野分が付け足す前に
「…当てになんねーだろ。毎年の事ながら、野分は絶対に呼び出される。確実に、だ。」
…はい…たぶん。
それでもヒロさんは俺の仕事を優先してくれる。
ぶっきらぼうだけど、すごく優しい…。
そう思う反面…その程度の存在なのかと寂しくもある。
そして、大晦日…。
案の定、朝から病院に呼び出され…途切れることのない患者さんを放って遁走出来るはずもない。
ああ…また、ヒロさんを一人ぼっちの年越しをさせてしまう。
一緒に年越ししたかったな…。
年越し蕎麦だって一緒に食べたかったな…。
いつになったら、一緒に正月が迎えられるんだろう。
吐く息は白く、…そして深呼吸すれば喉の奥まで冷える病院の屋上で、弘樹が一人ぼっちでいるであろうマンションの方角を見つめる。
「…ヒロさん。」
野分は、ポツンと愛しい人を呟いた。
「なんだよ。」
「…えっ!?」
すごい勢いで後ろを振り返った野分の目に映るのは、ダウンジャケットのポケットに手を突っ込み、眉間にシワを寄せた弘樹だった。
「…………ヒロさん?」
「何やってんだよ。そんな薄着で…。」
………ヒロさんだ。
「…ヒロさんこそ、どうしたんですか?こんな時間に…。」
…嬉しい。
………嬉しい。
「オ…オレは…///。除夜の鐘を聞きに来ただけだっ。ここが一番良く聞こえるって噂を聞いたから…。」
「くすっ。そんな噂…誰が流したんですかね。」
野分は、幸せそうに笑みを浮かべて弘樹を抱きしめた。
「…ヒロさん、ここ冷えますから中に入りましょう。」
「ほ…ほらっ野分///。お前に、これやる。」
ポケットから出したのは、あったかい缶コーヒーで…
「悪い…少しだけ、ここに…。」
「はい?……あっ。」
遠くに…微かに聞こえる除夜の鐘の音…。
「よし。中に入るぞ。」
ヒロさん、わざわざこれの為に…。
「…別に…一緒に何かしたい時はオレがここに来るんだ。…時間だってお前がヒマになるまで待ってられるし…。」
「…はい。ありがとうございます。俺すごく嬉しいです。」
……ヒロさんの優しさが身にしみる。
「おい。もう離せ…///。」
ごめんなさい。
「……もう少しだけ。」
こうしていたい。
ヒロさんと少しでも長くこの幸せな時間を共有したいんだ。
(おわり)
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