エゴイストU
□+夏の思い出+
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「なぁ野分。今年は夏祭りも花火も行けなかったな…。」
「…はは…そうですね。」
朝晩肌寒さを感じるようになって来たこの頃…
今年は、とにかく異常気象にやられた年だった。
滅多に一緒にならない休みが奇跡的に合ったとしても、雨だの台風だの狙い澄ましたように悉(ことごと)く花火大会や祭りをダメにしてくれた。
別に祭りにこだわってるわけじゃないが、年に一度くらいは行ってもいいかな…なんて思ったりもする。
「…今年はダメでしたけど…来年は、またやりましょうね。…金魚すくい。」
…………金魚すくい…。
あれほど悔しくて恥ずかしい思い出は、オレの人生の中でも…そうそうない。
…あれは…去年、近所の夏祭りに行った時のこと…。
たくさん並ぶ出店で、四角い水槽の中…「おいらをすくい上げられるもんなら、やってみろ。」とでも言うように、金魚が挑発的な泳ぎを披露していた。
その金魚達の鼻っ柱をへし折りたい気持ちがウズウズと湧き上がり…
「……野分…金魚すくいやらねぇか?」
「金魚すくいですか?いいですよ。」
野分はニッコリ笑う。
「はっきり言ってオレは上手いぞ。子供のころ町内会でも金魚すくいじゃ右に出るやつはいなかったくらいだ。」
「そうなんですか。じゃあ是非ヒロさんと競争したいですね。」
「おっ。それいいなっ。勝負だ、勝負っ!」
「じゃあ、負けた方に罰ゲームつけませんか。」
「…罰ゲーム?……いいぜ。なんかオレ絶対負ける気がしねぇもん。」
「それじゃ、負けた方がキスするっていうのは…どうでしょう?」
「…え?…キ…キス!?…まぁ…いいだろう。」
「………絶対ですよ?」
「男に二言はねぇ。」
オレ達は水槽の前に腰掛け、店のオヤジからポイを受け取り…まずはオレからすくい始めた。
こう言っては、なんだが“壁すくいの上條”の異名を持つこのオレが負けることなど有り得ない。
17匹程すくったところでポイが破れてしまったが…まあ…上々の出来だろう。
「ヒロさん、すごいですね。」
「…まぁな。ホレ、野分の番だぞ。」
「はい。」
野分は、ポイを握ると金魚をぎこちない手つきですくい始めた。
………なのにっ!
スイスイと誘われるように金魚がポイに納まりお椀の中に貯まって行く。
…やばい。ざっとみた感じ…たいして数かわんねぇんじゃねーか?
内心焦るオレをよそに野分は、一匹を執拗に追い始めた。
…野分のやつ…何やってんだ?
赤い金魚に混じって、白い模様の入ったヤツを狙ってるみたいだ。
野分は、ポイをその金魚の前に構えると、ヒョイとすくい上げお椀に入れたところでポイの膜が破れゲームオーバー。
「あーあ、破れちゃいました。」
プラプラとポイを揺らし無邪気に笑った後…
「俺の勝ちですよ。」
「ばかやろ。数えてみなけりゃわかんねーだろ。」
「えー。だってたぶん18匹はいるはずですよ。俺数えながらやってましたし…。」
「…ウソだろ。」
信じられずに数えた金魚…。
…いやがったよ…18匹。
「オレ…負けた?」
「はい。ですから、罰ゲーム…楽しみにしてます。」
なんだっ!
その嬉しそうな顔はっ!
めちゃくちゃ腹立つんだけどっ!
「わかってる…///。や…約束だからなっ。けど、家に帰ってからだ。」
「くすくす。…いいですよ。」
オレを見て、笑いを噛みころしてる野分に更に腹が立つ…。
金魚は2匹だけもらって、あとは水槽にリリースした。
2匹のうちの1匹は、野分が最後にすくったヤツだ。
オレ達は、金魚を入れた小さな袋をぶら下げ夜店をひと回りして帰路についた。
…………オレからキスってなぁ…。
一度も、したことがないわけじゃあ…ない…。
…ただ…殆ど野分からして来るし、やってる時は別として…
オレからするといえば…
野分が泥のように眠っている時に、忍び寄って気づかれないように…そっとするくらいなもんで…
…面と向かって、それも改めてやるなんて事は
…………皆無だ。
どうやる?立ってか?座ってか?…それとも、押し倒してか?
…………///。
…出…出来んのか?オレっ!
「ヒロさん?」
「なっ…なんだっ!?」
「…あの、着きましたけど…?。」
…げっ!
悶々と、シチュエーションを考えているうちに、家に着いちまったじゃねーかっ!
「…わかってる。」
玄関の扉を閉めて、金魚を手ごろなガラス容器に入れる。
「この金魚どうする?明日、公園の池にでも放すか?」
「あ、いえ。明日病院に持って行きます。空いてる水槽ありますし。」
「…そっか。じゃあ頼む…。」
「はい。任せて下さい。」
「……………。…///。」
…みょ〜な沈黙が流れると、最初に口を開いたのは野分で…
「…あの…ヒロさん。罰ゲームの事なんですけど…無理しなくていいですよ?」
………はい?
「ばかやろ。約束は約束だ。キスぐらいオレにだって出来るっ!」
野分の胸ぐらを掴んだものの…しっかりと開いてる黒い瞳に、動きが止まる。
「……おい。目ぇくらい閉じろ。」
「…あ…はい。すみません。」
ほんの少しだけ屈んで野分が目を閉じると、長くて黒い睫毛が現れた。
……オレは、この顔に…眠る野分に口づけていた。
違うとすれば、立ってる事くらいか…。
ちゅっ…///。
一瞬…触れただけなのに…唇が熱くて、ひっきりなしに心臓は跳ねるように高鳴っていた…。
じっと目を閉じたまま動かない野分に、もう一度静かに口づけて…。
「…罰ゲーム……終わりだ///。」
ゆっくり…目蓋を開いた野分の瞳にはオレが映る…。
恥ずかしくて目をそらすと野分はオレの肩に顔をうずめるようにして抱きしめてきた。
「…野分?」
「嬉しいです。」
ポツリと一言だけ囁く。
…ただの罰ゲームなのにな。
「……ヒロさんの唇…震えてるみたいでした。」
………っ…///。
「んなことあるかっ!」
「…あれ?おかしいな…絶対震えてたと思ったんですけど…。」
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