エゴイストV

□溺れる唇
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「よぉ野分。お疲れ。」

声をかけたのは、出勤したばかりの津森だった。

「あ、先輩。お疲れ様です。」

白衣を脱いでいた野分は、ぺこりと頭を下げ挨拶する。

「今なら終電も余裕で間に合うんじゃね?」

「そうですね。この時間で帰れるなんてホント久しぶりです。」

週末だし、ヒロさんとまったり過ごせるといいな。

そんなことを考えながらロッカーの扉を閉めようとした時、携帯が
着信を知らせていたのでスマホを取り出した。

ヒロさんだ!

電話してくるなんて珍しいと思いながら嬉々として電話に出る。

「もしもし、ヒロさん、電話なんて珍しいですね。・・・え?・・・はい、
草間ですが。えっ・・・警察?」

白衣を着ながらニヤニヤしていた津森も思わず袖を通す手を止めた。

「・・・はい、はい。えっ?それで、あの大丈夫なんですか?・・・はい、
もちろんです、すぐ行きます。はい、ありがとうございます。失礼
します。」

そう言って、電話を切る。

「なに、警察って。なんかあったのか?」

会話の内容に驚いた津森が尋ねると、

「いえ、はい…あの・・・ヒロさんが警察に保護されたみたいで。」

「はっ!?保護ぉ?」

素っ頓狂な声を上げた津森に

「はい、とにかく俺行くんで、お先に失礼します。」

慌てて荷物を取ると小走りに更衣室を出て行った。


幸いなことに電話をくれた警察署は、病院からそう遠くないところ
だったので、すぐに駆け付けることが出来た。

警察署に着いた野分は、すぐに窓口に行くと

「夜分にすみません、先ほどお電話をいただいた草間です。」

「草間さん?」

対応してくれた警官の後ろで、

「あー、早かったですね。ご苦労さんです。」

手を挙げる人当たりの良さそうな別の警官がいた。

「こちらへどうぞ〜。」

手招きされて、野分は一つの部屋の前に来た。

「あの、ヒロさ・・・上條さんは?」

状況が呑み込めず野分が心配そうに聞いた。

ニッコリと笑ったお巡りさんは、

「もちろん無事ですよ。・・・ただ・・・」

そう言いながら、ドアを開けると、コンクリート壁の四角い部屋に
置かれたベッドが一つ。

「ヒロさん!?どうしたんですか!?」

その上に横たわっていた弘樹に驚いた野分が駆け寄ると、わずかに
アルコールの匂いがする。

「・・・あ・・・れ?お酒臭い?」

野分が首をかしげ、案内してくれた警官に視線を移すと

「我々がパトロールしていたところ歩道で蹲っていたこの人を発見
しまして。・・・ちょっとお酒を飲みすぎたようですよ。具合も悪そう
だったので、救急車を要請しようかと思ったのですが、寝不足なだ
けだから大丈夫だと言いまして・・・。」

そう説明されている間もピクリとも動かない弘樹に、不安をおぼえ
た野分は、急性アルコール中毒かもしれないと調べ始めた。その様
子を見ながら警官は続きを話し始めた。

「・・・ウトウトし始めたので眠ってしまう前に、どこか連絡先を教え
てくれるよう言いましたら、携帯を取り出して草間さんに、と。そ
の後、すぐに眠り込んでしまったので、署で休んでもらうことにし
たんですよ。」

脈をみたり、あちこち触ったりしている野分の意図を察したように

「おや、わかるんですか?」

警官が声をかけると、

「・・・一応、医療従事者なので・・・。」

と言い、一通り確認したあと、特に異常もなくてホントに眠り込ん
でいるだけのようで、胸をなでおろす。

「あの、連れて帰ってもいいでしょうか?」

ここにいては万が一の時に気づいてあげられないし、何より警察署
で目が覚めたら驚くだろうし、経緯(いきさつ)を聞いたら猛省して
落ち込んでしまうに違いない。

「それはいいですけど。こんな状態で帰れますか?」

「大丈夫です。」

と、野分は即答する。

弘樹を連れて帰るにあたり、署名してほしい書類があるというので、
いったん部屋を出た。

必要な書類を書き終えた野分は、すぐに弘樹のいる部屋に戻ってい
く。

「あぁ、同居されてるんですねー。」

後ろをついてきながら書類をめくっていた警官が言うと、

「あ、はい。間借りさせてもらってます。」

同棲してると言いたかった野分だが、そこはグッと堪える。

「・・・ホントに連れて帰れます?」

野分の体躯は立派なのだが、力の入らない男性を連れてどうやって
帰るのかと、警官も心配そうだ。

「抱っこして帰ります。途中でタクシー拾いますんで。」

そう言って、弘樹のバッグを肩にかけ自分のリュックを背負うと、
事もなげに弘樹を抱き上げた。

「おー、力ありますねー。」

と、感心する警官に

「軽いので・・・」

と、うっかり答えてしまった。

「くすっ・・・軽いんですね?」

言葉を反芻されてヒヤリとしてしまう。

「あ、っと・・・では、失礼します。お世話になりました。」

勘の良さそうな警官にぺこりと頭を下げると、

「お気をつけて。」

と、終始笑顔で軽い敬礼をして見送る警官に、

「ありがとうございました。」

とお礼を言い、弘樹をしっかりと抱き直してから警察署を後にした。


(つづく)

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