エゴイストV

□2013 クリスマスSS
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2013クリスマス・エゴ


「あの・・・教授、オレ帰りたいんですが・・・。」

「来たばっかで何言ってんだよ。二日徹夜させちまったんだ、飯くらい
奢らせろ。」

学会の準備に丸二日を費やし、それでも何とか終わらせることが出来たのは、
ひとえに弘樹の尽力の賜物だ。

やっと一段落した今日は、街並みをクリスマス一色で彩られたイブの夜だった。

当たり前だが、こんな日に予約なしでまともな店で飯を食うなんてことは皆無。

それでも飯を奢ると言ってきかない宮城に散々連れまわされ、
やっと見つけた居酒屋の店員は動きが素早く空いた皿やコップは、
あっという間にテーブルから消えていく。

「こちらのお皿、おさげしていいですか?いいですよね。」

「・・・えっ?・・・あっ・・・!?」

返事をする間もなく下げられてしまい、テーブルには半分ほど酒の入ったグラスのみ・・・
なんてこともあり、なんとなく気忙しい。

「いやぁ〜、気持ちいいくらいキビキビ働くなぁ。」

「教授もあれくらい頑張ってくれたら、さっさと終わったんじゃないですかね?」

ギリギリにならないと動かない宮城なので、おのずと作業のしわ寄せは
弘樹にかかってくるのだから嫌味の一つも言いたくなるというものだ。

酔いも手伝って不規則に襲ってくる眠気に、食欲より今すぐにでも布団にもぐり
込みたい弘樹は、迷惑千万この上なし・・・と眉間にシワを寄せる。


「ほらぁ〜、可愛い顏が台無しだぞ〜。いいから飲め食え。」


グイグイと眉間を指で押してくる宮城に、ますますシワを深くした弘樹は、グラスに
残っていたビールを飲み干すと


「・・・ちょっと、トイレ行ってきます。」


よろめきながら椅子から立ち上がった。


「なんだ上條、足元が危ういぞ。酔ったのか?」


頬杖をついて枝豆をつまみながら宮城が笑う。


「・・・・・・・・・。」


誰のせいで・・・と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ弘樹は、
盛大な溜め息をつきトイレへと向かった。


よろよろしながら歩く後ろ姿を楽しそうに見ていると、テーブルに置いたままだった
弘樹の携帯が振動する。


「ん?・・・電話か?」


振動で少しずつ移動してテーブルから落ちそうになっていた携帯を救出した宮城は
画面を確認する。


「おっ!?」


ニンマリと笑みを浮かべると、店の奥へと視線を移し携帯を耳にあてる。


「もしもーし。」


『あっ、ヒロさ・・・、・・・あ・・・れ?』


弘樹でないことを知ると、電話の主は戸惑ったように口ごもる。

「あー、宮城です。」


『・・・こんばんは。草間です。』


いきなりテンションの下がった声音に、上機嫌の宮城が口を開く。


「上條と酒飲みながら飯食ってんだけどさぁ、今トイレに行っちゃってね〜。」

『そうですか。いつもヒロさんがお世話になっています。』

「いーえ、こちらこそ。でね・・・上條さぁ、結構酔っぱらってんだよねぇ。」


宮城は、携帯を持ちながら楽しそうにそう言ってタバコに火をつけた。

『・・・・・・。・・・よろしければ、今いるお店教えていただけますか?』


「えー、どうしよっかなぁ〜。」


『・・・・・・・・・。』


茶化す宮城に、舌打ちでもしそうな勢いの野分が重い沈黙で返すと、


「な、な〜んてね。二丁目の“喜楽”って店、知ってる?」


『はい、知ってます。近くにいるので、すぐに伺います。』


「はいはい、待ってるよ。」


通りすがりに空いたグラスを片づけていく店員を目で追いながら返事をした宮城が
電話を切ってテーブルに携帯を置くと、あくびをする弘樹が戻ってきた。


「おいおい、上條大丈夫か?」

「大丈夫ですよ。」

眉をよせたまま椅子に腰かけた弘樹は片手をあげる。

「すみません、おかわりお願いします。」

「はい、ただいまっ」

歯切れのよい返事の後、直ぐに運ばれてきたグラスを口に運んだ弘樹は、


「あー、そう言えば・・・さっき彼氏から電話来たぞ。店の名前教えたら、ここに来るってさ。」


平然と語る宮城に、目をパチクリさせると思いっきり吹き出しそうになる。


「ちょっ・・・なに勝手に電話出てんですかーっ///」


「別にいーじゃん。」


真っ赤になる弘樹をよそに、灰皿の縁でタバコの灰をおとしながら笑みを浮かべる。


「あいつ・・・今日は、仕事で・・・。」


携帯を上着のポケットにしまい込みながら弘樹が肩を落とす。


「ヒロさん。」


背後から聞きなれた声がして顔を向けると、そこには久しぶりに見た野分の姿があった。


「のっ・・・野分っ!?」


反射的に立ち上がった弘樹だったが、向かい側に座る宮城は


「・・・随分と早いな。」


野分を見上げてクスクスと声を立てる。


「なっ、・・・おまっ・・・今日は帰れないって・・・。」


一瞬にして眠気のとんだ弘樹は口をパクパクさせた。


「はい、そのはずだったんですけど、休みが変更になっちゃって
・・・一昨日から何度も電話したんですけど、全然つながらなくて・・・。」


そう言って肩を竦める野分の横で、口元を引きつらせながら弘樹が遠い目をする。


集中するため携帯の電源をおとしてカバンにしまったまま仕事に没頭していたのだから、
野分が電話してもつながらないのは当たり前だ。


野分が帰ってくることを知っていれば、何をおいても自宅へ直帰していただろうに。


そう思えば、自然と眉間に深いシワが刻まれ弘樹の肩は小刻みに震えてくる。


「ま、まぁ、せっかくだから座ったら〜。」


危険な空気を察した宮城は、透かさず野分に椅子をすすめた。


「あ、すみません。ありがとうございます。」


すすめられるまま、マフラーを外しながら野分は奥の椅子へと座り、
続いて弘樹が腰掛ける。


「こいつさぁ、全然食わねーのよ。」


ふーっと溜め息をつく宮城に、野分が心配そうに弘樹を覗き込む。


「食欲ないんですか?」


「ちげーよ。眠いだけだ。」


椅子にもたれた弘樹が、ぞんざいに返事をしながらあくびをする。


「じゃあ、席を替わりましょう。壁側なら体をもたれても楽ですから。」


野分が座っていた席に弘樹を座らせると、壁に寄り掛かった弘樹には、ますます
睡魔が襲ってくる。


「やべ・・・マジ眠いわ。」


うつらうつらと重くて仕方のない目蓋を必死に持ち上げる弘樹だったが、隣に野分が
いることに安心したのか、コテンと野分の肩に頭が傾く。


「・・・ヒロさん。」


あからさまに嬉しそうな顔をする野分に、頭を抱える宮城は


「おーい、上條〜。ここ、どこだか分かってんのかぁ〜。自重しろ〜自重〜。」


宮城は、周りを気にしながら囁くように小さな声でツッコミを入れるが、
当の本人はピクリとも動かず、静かな寝息を立てている。


「あー、ダメだな、こりゃ。」


はぁーっと、宮城は深いため息をついた。


「あの、ヒロさん疲れてるみたいなので、連れて帰ります。
せっかく誘ってくださったのに・・・すみません。」


そう言って、自分のマフラーを弘樹の首に捲くと器用に背負った野分は立ち上がる。


「えー、じゃあ、俺も出るわ。」


伝票を掴んだ宮城が支払いを済ませ、一緒に店を出た。


「じゃあ、すみません。失礼します。」


野分が、店先で弘樹を背負ったまま頭を下げると、弘樹がうっすらと瞳をのぞかせる。


「・・・野分。」


小さな声で野分の名前を呼んだ弘樹は、首に捲かれたマフラーを一巻ほどくと、
野分の首に捲きつけた。


「・・・ヒロさん?」


きょとんとする野分に、小さく微笑んだ弘樹は、


「外・・・寒いな。」


そう言ってまた眠りについた。


「くすっ。俺はヒロさんのおかげで、あったかいですよ。」


野分は、弘樹の髪に頬を寄せて、幸せそうに微笑んだ。



そんな二人の姿に、


「お前ら・・・俺の存在忘れてるだろ?」


ボソリと呟いたが、なぜか心はホッコリとする宮城だった。



(おわり)





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