総北
□手嶋
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手を繋いで
俺と青八木以外は帰宅した自転車競技部の部室で、俺はむしゃくしゃとした気分で頭を掻いた。
「純太…」
「分かってる。俺が全面的に悪かった」
俺の様子に見兼ねた青八木が声をかけてくる。
本当に分かっているんだ。
俺が悪かったってことも、俺から歩み寄らなければいけない事も。
それでも詩織と仲直りを出来ないのは、俺の気持ちの問題だ。
* * * * *
事の起こりは、先輩から部長を引き継いで一ヶ月が経った頃だったと思う。
彼女である詩織がやたらと俺に好意を示し始めた。
いつもなら恥ずかしがって控えめな彼女だったから、正直嬉しかった。
「純太、今日もかっこいいね!大好き」
「ん?あー、ありがとうな」
動揺を押し殺して、ぽんっと頭を撫でてやれば嬉しそうな顔をする詩織は本当に可愛いと思う。
「純太、好きだよ?」
そう言ってギュッと抱きついてきたり、手を繋ぎたがったり、言葉だけではなくスキンシップも増えていたように思う。
思い返せば、詩織も不安だったんだろうな…。
そんな詩織の気持ちに気づけずに、部の中で一際凡人の自分が不甲斐なくて、そんな俺が…と詩織の気持ちに答えるのをはぐらかしていた。
付き合ってたって、言葉が無けれなそりゃ不安にもなるよな…。
* * * * *
部内でも一番実力の劣る俺が部長に選ばれた。
部長ならば尚のこと後輩たちに負けているわけにはいかない。
そう思ってここ一ヶ月、自身に過酷な課題を突きつけて練習している。
だがそれでもまだ、まだまだ足りない。
「こんな中途半端な俺が詩織を好きでいて良いのか自身ないんだよ、青八木…」
「純太、詩織はそんなこと」
「だよな、そんなこと気になんかしないって分かってるんだけどな。
詩織なら、自信とか資格とか、そういうの関係ないよ
…って言うんだろうな」
ははっと渇いた笑いを零せば青八木は困った顔をする
「あの日言ってた。
純太の足枷になってるのか…って、そう言っていた」
「逆だよ、俺の原動力は詩織なんだよ…本当に俺は何やってるんだろうな」
* * * * *
あの日、部活終わりまで待っていてくれた詩織は俺を好きだと言ってから、俺に問いかけてきた。
「純太も私のこと、すき?」
当然好きだし、答えてやりたかったけど、
「言わなくても分かってるだろ?」
って笑ってはぐらかせば、クシャリと歪んだ詩織の顔に、俺は間違った事を悟った。
慌てて呼び止めようとした俺の手をすり抜けて詩織は部室を飛び出していく。
追いかけようとして入り口で立ち止まった俺の前に、戻ってきた青八木が
どうした?純太。そう声をかけてきた。
「悪い、詩織を追いかけてくれないか…。
暗い中一人で帰らせられない。
頼む、青八木」
そう言った俺の様子からいつものように察したのであろう青八木は詩織を追いかけてくれたんだ。
* * * * *
「純太」
少し強めな意思を乗せた呼びかけに、顔を上げれば、真剣な顔の青八木と目があった。
「純太には詩織がいないとダメだ」
「ああ」
「仲直り、しよう」
「そうだな…。
詩織は俺にチャンスくれると思うか?」
「当たり前だ。
詩織にも純太が必要だ」
そう確信を持って告げられた言葉に、俺はようやく詩織と向き合う事を決意したのだった。
「もう呼んである」
「マジかよ…青八木には敵わないな」
俺は青八木に促されるまま、部室のベンチに腰掛けた。
青八木に呼ばれて室内に入ってくる詩織はどこか不安そうに見えた。
「詩織…」
「純太…」
青八木に促された詩織もベンチに腰掛けた。
それを見届けた青八木が、俺に頑張れよと視線を寄こす。
それに頷けば安心したように部室を出る青八木。
俺はふっと息を吐いて、詩織に向き合った。
「ごめんな、詩織」
謝罪の言葉に不安そうに顔を上げる詩織。
「俺、自分のことで手一杯で、詩織の不安とか分かってなかったよな」
「純太…」
「詩織にかっこ悪い部分見せたくなかったんだよ」
きっと今情けない顔をしているだろう俺を見て、詩織はポロリと涙をこぼした。
「私…純太の弱い部分も全部知りたいよ」
そう言ってくれる詩織に俺は全部を打ち明けた。
「正直、俺が詩織に釣り合ってないんじゃ無いかって思って好きだって言えなくなったんだ」
「努力家の純太は私には勿体なくても釣り合わないなんてこと、ないよ」
全てを聞いた詩織はふるふると首を横に振って、そんな事を言う。
「私、どんな純太も好きだよ。
部長になった純太が苦労してるのも分かってたし、私のことをちゃんと大切にしてくれてるのも分かってたのに…」
そこで言葉を切った詩織はそっと俺の手に触れた。
「ごめんね、どうしても不安になったの。
部長になってから、純太はますますかっこよくなるし、周りの子も純太がかっこいいって話してて。
私こそ何も持ってないから…純太が私から離れてっちゃうんじゃないかって不安になったの」
それで言葉を聞いて安心したかったんだと言う詩織に、俺は本当に自分のことばかりだったと後悔した。
「ごめんな。好きだよ、詩織」
「うん、ありがとう…私も純太が大好き」
嬉しかったのか安心したのか、潤んだ目で微笑む詩織に俺は笑いかけた。
「これからは遠慮なく気持ちを伝えるから、覚悟しとけよ、詩織」
「えっ…」
「だって不安なんだろ?俺がどこかの誰かに取られちまわないかって」
「そ、そうだけど」
「誰もそんな気を起こさないように、しっかり見せつけとかないとな」
そうやってニヤリと笑った俺に詩織は、もうっ、と頬を膨らませてから
「あっ!青八木君にお礼言わないとね」
そう笑顔で言った。
「そうだな。仲直りしたって報告しないとな」
二人で青八木に感謝しつつ、手を繋いで部室を後にしたのだった。
end
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